つれづれなるままに ひぐらしPCに向かひて 心にうつりゆくよしなしごとを
   そこはかとなく書き(打ち)つくれば あやしゅうこそものぐるほしけれ.....
    なあ〜んて思わないけど だれか共感してくれる人いるかなあ〜って

'12年 8月31日

西山 満さんを偲んで

このページを書くのは約1年3ヶ月振りのご無沙汰で、申し訳ございませんでした。
心にうつりゆくよしなしごとは多々ありましたが、西山さんの追悼文を書こうと思いつつ、なかなか書く事が出来なくて、先ずそれを書かないと他のことは書けなくて、とうとうこんなに経ってしまいました。

西山さんをご存知ない方のために紹介しておきます。
SUBという1970年からの大阪のジャズのお店のオーナーでもあり、偉大なベーシストでもありました。

昨年のこの日に突然お亡くなりになり、今日が命日です。
彼との出会いは僕が24歳ぐらいの時に知り合い、それ以来の長い付き合いでした。
当時は殆ど一緒にはやってませんでしたが、35年前ごろに彼があるライブハウスの専属バンドとして入ってた時に毎週呼んで頂いたり、その後も20年ぐらい前から毎週彼のお店SUBでも一緒にやらせて頂いていました。

彼はジャズジャイアントと呼ばれるミュージシャンの殆どの人と交流がありまして、
2006のSonny Rollins のアルバムには彼の名前を冠した"NIShi"という曲まで発表されているぐらいです。
彼のお陰でほんとに多数のすごい方達と一緒にする機会を得ました。

Bill Evans, Philly Joe Jones, Art Blakey, Hank Jones, Jimmy Cobb,Joe Jones Jr.
Mickey Roker, Sony Fortune, George Duvivier, Billy Hart, Bob Cranshaw, Lenny White, Grover Washington Jr., Eddie Henderson, Russell Malone, Tommy Campbell, John Stubblefield, Othello Molineaux,(以上敬称略)等々思い出せるだけでもこの方たちです。
とりわけ、Jimmy CobbさんとJoe Jones Jr.さんとは僕のレコーディングの参加して頂いてます。またHank Jonesさんとのライブやコンサート、Mickey Rokerさんとのライブ、Eddie さん、オテロさん、トミーさんとのライブには多数参加させてもらい、僕自身の音楽での多大な影響を受ける経験をさせてもらいました。

彼とのことを思い出して書くには、ほんとに膨大になってしまいますので書くことは出来かねますが、とにかく僕にとっては色んな影響をうけたり、ジャズに対する方向性を導いてくれたり、ほんとに大恩人と思っています。
その彼が逝ってしまってからは、やはりショックというか、寂しい思いがあります。
1周忌という事で思い切って書き綴った次第です。

SUBは現在、西山さんのところで育ち、N.Yで数年勉強してきた素晴らしいサックスプレイヤーの長谷川 朗くんが受け継いでくれています。
現状ではとてもきびしいジャズのライブハウスの経営ですが、西山さんの遺志を継ぎ、彼のアイデア、英知でしっかり頑張ってくれると思います。幸い僕も以前と変わらずに毎週金曜日に出させてもらっています。
お陰でSUBでは若手の素晴らしいミュージシャンが育って来ています。
毎日のように素晴らしい音楽を聴かせていますので、何とかSUBが存続できるように、応援よろしくお願いします。


'10年 5月21日

Hank Jones さんを悼んで

5月17日にハンクさんの悲報を聞き、すごく驚いたのと、ショックでした。
ハンクさんとは西山さんのお陰で、1995年頃から数回、トリオ、カルテット等でライブハウスやコンサートでご一緒させて頂き、貴重な経験をさせて頂きました。

ハンクさんを初めて聴いたのは、1959年頃にジャズ喫茶で聴いたマイルスとの共演の
"Something Else"だったと記憶しています。あの絶妙のタイミングといい、スペースといい、えも言われぬ音色はジャズ史に残る名演ですよね。その後は何年かは記憶にはないのですが、ベニー・グッドマンのオーケストラの一員で来日されて、白黒のテレビで放映されたのを見た記憶があります。

ハンクさんと一緒にさせて頂いて強く感じたことは、まず、やはりリズムの凄さには驚きました。あるときボーカリストの伴奏のとき、ブルースのイントロダクションで、すごいエネルギーともの凄いリズムに圧倒され、ジャズに対する認識を新たにさせられた思いをしたことがありました。その時の体感は今でもはっきりと覚えていて、僕にとっては貴重な財産になっています。
それとハンクさんのもっとも素晴らしいことは、コンサートピアノであれ、古いアップライトのピアノであれ、どんなピアノでもハンクさんの音がするのですね。鍵盤からハンマーに伝わり、打弦してるから誰が弾いても同じ音が出るように思うでしょう。
ところがハンクさんが弾けば、やっぱりハンクさんの音がするんですね。
ハンクさんは1日8時間も練習すると聞きました。あの人が曲を練習することは今更考えられませんよね。ハンクさんは両手のバランスを納得いくまで弾くと聞きました。
それであのようなバランス、音色になるのですね。
僕ら凡人にはまねができません。

ある日西山さんと、その時に来ていたドラムスのミッキー・ロカーさんと3人でハンクさんのソロコンサートを聴きにいきました。ちょうどいいぐらいのこじんまりとしたロビーコンサートでした。ミッキーさんの絶妙のかけ声でハンクさんもいい気分だったようで、至福の時間を過ごさせてもらいました。

ジャズの巨人と言われる人が、また一人いなくなりました。
ほんとに淋しいことです。

ハンクさん、ありがとうございました。

合掌

    (Photoのページ No.22を見て頂ければ、ハンクさんとの写真があります)


'09年 11月14日

ご報告

前回の『治療』では皆様に大変なご心配をおかけしました事をお詫びするとともに、感謝しております。
治療の後1ヶ月ぐらいは体調もすぐれず、治療直後のPSAの数値も下がってなくて心配していました。
治療の後は経過観察で約3ヶ月後毎に血液検査等の診察を受けに行く事になっていましたので、先日病院に行って来ました。
その結果をご報告します。
最近は体調も殆ど元に戻りましたのであまり心配はしていませんでした。
血液検査の結果、PSAの数値は治療前には7.2もあったのが、2.16まで下がっていました。
僕の年代の平均数値が4ぐらいですので、随分下がっていました。担当のお医者さんにも、まずは安心していいと言って頂きました。
しかし再発ということもあり、3ヶ月毎の経過観察での検査は受ける事になっています。

という事で、皆様方には多大なご心配頂きましたが、ご安心下さい。

僕もすでに高齢者の仲間入りしてますので、今後も色々とあると思われますが、今後も健康に留意して、向上をめざし、より永くいい音楽を聴いて頂けるよう努力するつもりですので、応援のほど、よろしくお願いいたします。


'09年 7月16日

治療

3年前の血液検査で前立腺のPSAの数値が少し高くて、以後3ヶ月毎に検査していたのですが、次第に高くなり、今年2月に生体検査での手術入院しました。その結果はクロで少しの癌が見つかりました。
前立腺癌は他の癌に較べて、進行も遅く、80歳ぐらいで他の病気で亡くなられた方の20%ぐらいの割合であるそうです。ただ骨に近いため転移が早いそうです。
幸いにして転移はなく、治療することになったのですが、全摘出、ホルモン療法、それと放射線治療と何れかの治療方法がありまして、全摘出は完治するそうですが、色々仕事にも差し支えがありそうですし、ホルモン療法は女性ホルモンの注射らしく、なんとなくポッテリとしたり、胸が膨らんでくるそうで、人生2回経験するのもと無責任なことを言う人もいたんですが、やはりそれもやめました。
それで放射線治療を選んだわけでした。
その治療にも小線源療法と言って前立腺の組織内に放射線をだす小線源を入れ内部から治療する方法がありますが、その治療をするには、僕のPSAの数値が少し高すぎて適用されませんでした。
その他、外照射といって体外から照射する方法があり、それにも最新の重粒陽子線治療というのがあって、それにしたかったのですが、3ヶ月ぐらいの予約が詰まっていて、結果的に従来の外照射治療を選びました。
その治療は35回受けなければならなくて、5月末から7月半ばまで土日を除く毎日の通院でした。
20回ぐらいまでは何の影響もなかったのですが、その頃から身体のだるさや痔や尿道炎が出だして、好きなテニスに行くどころではなくなりました。
やっと治療も終わったんですが、まだ1ヶ月ぐらいは無理が出来ないみたいですが、徐々にそういった症状もよくなると聞いてますので期待するしかなさそうです。
ただ治療したからといって完治したとは分からなくて、今後のPSAの値で判断されるそうです。

僕の場合、幸いにして早期発見でしたので心配はしていません。
中高年の男性諸君、定期検診の折には必ずPSAの検査をしてもらって下さい。
この病気は何の症状もありませんので、定期的に検査をするしかありません。

まだまだ負けずに音楽にスポーツに頑張るつもりですので、応援よろしくお願いします。

最後に早期発見に尽力頂いたS先生に感謝します。

'09年 2月27日

関東方面ライブツアー顛末記

ジャズやねん関西さん、ジャズギターブック誌の企画で横浜、水戸、東京の3カ所でのライブツアーに行ってきました。
3年半以前にここにも書いてる東京ツアー以来です。
昨年12月に企画、ジャズギターブック誌の山中さんに2月に出演できるライブハウスをあちこち探して頂いたのですが、どこも2ヶ月先のスケジュールは殆ど決まっていて、なかなか決まらなかったんです。何故そんなに急いたのは、ジャズギターブック誌は3ヶ月毎に出版され、次が1月に出版されるのと、それに僕の新しいCDの事をインタビューされた記事が掲載され、それにCD記念ライブのスケジュールを載せて頂くということでした。

結果、決まったのは2月22日(日)横浜『Farout』、ここはお店のご好意により、昼間13:00〜15:00にライブをさせて頂きました。ここではゲストに日本ジャズギター界の大御所、中牟礼貞則さんに参加して頂きました。
その後、車で移動し、水戸『Blue Moods』にて19:00〜23:00のライブ。
翌23日は東京・四谷『Pocotan』で20:00〜2セットのライブというスケジュールでした。

横浜・関内『farout』でのメンバーは今回のツアーに参加頂いた高道晴久 (b)くんと、樋口広大(ds) くん。それに中牟礼貞則さんの4人でのギグ。
樋口くんとは大阪で何度か一緒にプレイしたし、高道君は樋口君の紹介で、初顔合わせ。
中牟礼さんとは約40年ぐらい以前に広島でのジャズフェスでちょっと紹介されたぐらいで、殆ど初対面でした。僕より3歳年上ですが、矍鑠(かくしゃく)としておられ、お元気一杯の感じを受けました。この日を楽しみにして居られたようです。もちろん僕もですが。
最初のセットの1曲目は僕のトリオでの演奏。2曲目から中牟礼さんに入って頂きましたが、その2曲目も2人で決めていたんですが、違う曲を耳打ちされ、それ以降は全曲あの方が決めておられました(笑)
Jim Hall とは一緒にプレイしたことはないのですが、ハーモニーもソロのアプローチなどコンセプトがJimとすごく似ていて、予想していた以上に驚き、何度も僕の顔に笑顔が・・・。
すごく楽しく、熱いギグとなり、いい経験をさせてもらいました。

その後、2時間の車移動で水戸『Blue Moods』へ。偕楽園の近くでしたが、もちろん素通り。
ここのお客さんはすごく熱く、ミュージシャンを乗せるのが上手なお店で、いい雰囲気で演奏出来、楽しく聴いて頂きました。
ホテルは横浜でしたので、また深夜の車移動。

翌23日は東京・四谷の『Guitar Bar Pocotan』。ここはお店のご主人もギタリストみたいだし、来て頂いたお客さんの9割がギタリストでした。そんなんでちょっとやりにくい面もありましたが、殆どミュージシャンなので、僕の苦手なおしゃべりでの曲紹介もいらなくて、ほっ! やはり楽しく演奏できました。

今回のツアーでメンバーの樋口君はプレイしていて引き込まれそうで、反対側の客席で聴きたいとも言ってくれたし、高道君は、『打ち上げを終えた後、 帰りの車の中で、とても暖かい気持ちになりました。 きっと今回、竹田さんに会った人、竹田さんの演奏を聞いた人で僕と同じような気持ちになった人は少なくはないと思います。』というメールをくれました。
このようにメンバーに喜んでもらえて、すごくうれしいです。

これら3カ所でのライブでしたが、横浜には僕のCDを聴いて、以前のLP、CDをお求め頂いた方も何人か居られたし、その中で名古屋から駆けつけて頂いたご高齢の方も。またやはりギタリストが半分以上来て居られたようでした。
水戸には福島から車で2時間半もかけて駆けつけてくれた友人も。
四谷のPocotanには僕の教えてる音楽院の卒業生も3人駆けつけてくれました。何年ぶりかで会って、すごくうれしかったですね。

最後に今回のツアーの交渉、出迎え、ホテルの予約、車での移動、アンプを貸して頂いた事などなどすべての面倒を見て頂いたギタリストでもあるジャズギターブックの山中さん、本当にありがとうございました。
またCDの販売から運転までして頂いた、美人のMKさん、お陰さまで楽しいツアーになりました、感謝しています。
また僕の事を全国に紹介して頂いて、今回初めてお目にかかったジャズギターブックの久保木さん、ありがとうございました。
僕のライブを盛り上げて頂いた中牟礼さん、サポートして頂いた高道くん、樋口くん、ありがとうございました。

また次回もよろしくお願いします。


'09年 2月6日

CD 『Live At JUST IN TIME』

文才の無さと筆無精とで半年もご無沙汰してしまいました。
つれずれなるまま・・・・な〜んて詠いながらPCには向かってますが、書きつくりも出来ず、心苦しく思ってました。

さて、今回の新しいCDについて皆さんに知って頂こうと思い腰を上げた次第です。
このCDは僕のリーダーアルバムとしてはLP『The Good Life』以来24年振りのリリースです。その間2枚のコラボレーションアルバムと数枚の参加作品はあります。
『The Good Life』もほんとにインディーズなので、今回のアルバムはJuzz Guitar Book誌やSwing Journal誌に紹介されたり、この時代でのインターネットでの公開や販売などで、やっと全国に知って頂けたみたいで、そういう意味では処女作といっていいと思います。

JUST IN TIME というお店は神戸の元町にあるライブハウスです。今回のトリオで年に3回ぐらい出演しています。このトリオもこの時だけのセッションバンドです。
昨年4月に出演の時にファンでもある東浦さんと磯村さんが一度録音させて下さいとの要望でその日録って頂いたわけですがダットで照明用のレールに2本のマイクでの録音でした。だからピアノにもギターアンプにもベースにもマイクセットはなしで、そのたった2本のマイクだけの録音でした。そのダットを下さるとの事でした。
そんなわけであまり気にもとめずに、ある女性ピアニストに『出来たら今年中にレコーディングしたいからつき合ってくれ』なんて話してたぐらいです。

録音後4ヶ月ぐらいしてから、僕はダットを聴く装置がないので、試聴用のCDを頂いたのですが、それが音質が良くなくて、CD化するのはやめようと思ったのですが、若いミュージシャン達の要望で、一度『ジャズやねん関西』の藤岡さんのところに持って行って相談しました。彼のお知り合いのエンジニアの長島さんにそのダットから試聴用のCDを頂いたら、以前の試聴用のCDとは全く違った音質に驚き、演奏状態はそっちのけでアルバムをだす決心しました。

今時のスタジオ録音とは違い、音響のいいお店でもあり、ライブの臨場感をそのままの感じで聴いて頂けると思います。
2セットを録音してもらいましたが、1st セットは少し緊張していたので、CD化したのは殆ど2nd セットの演奏です。
何しろ全くの修正なしのライブ録音ですので、電話のベル音やうまくいかなかった演奏などありますが、ご容赦願いたく思います。

全面的に藤岡さんにおまかせで、マスタリングの立ち会いにも行かなかったぐらいで、彼には制作から素敵なデザイン、広報など全てをして頂き、本当に感謝しています。

お陰さまでSJ誌の新譜紹介では最高の評価を頂けたし、1月のJazz Guitar Book誌で再び僕の事が紹介して頂いたばかりでなく、2月の関東方面のライブの企画までして頂きました。

ピアノの安次嶺くん、ベースの井上くんはもちろん、藤岡さん、素晴らしいレコーディングの東浦さん、磯村さん、マスターリングの長島さん、素敵な写真を撮って頂いた岡さん、そしてJUST IN TIME の磯田さん、みなさんのお陰で僕のNew CD 『Live at JUST IN TIME 』が出来上がり、藤岡さんの発案で僕の誕生日の1月1日発売で、現在好評発売中です。みなさんにすごく感謝しています。ありがとうございました。

また関東方面のライブのことなどを書くつもりですので、よろしくお願いします。


'08年 8月3日

JAZZ GUITAR BOOK vol.18

7月17日に発売の 『Jazz Guitar Book vol.18』に僕のことが掲載されました。
これまで毎号連載の"大和ジャズギタリスト偉人伝説"なるタイトルのページに4ページにわたって掲載して頂きました。

この記事に関して編集の方から取材の依頼を受けました当初は、僕なんか東京でも活動はしていないから知られていないし、レコードやCDも殆どがメジャーのレーベルでないしと丁重にお断りしようとしましたが、是非ともということで掲載されることになりました。

タイトル自体、僕にとってはかなり面映く、他にまだまだご活躍なされている先輩方もいらっしゃるのに、申し訳なく思ってます。

でもやはり僕も普通の人でありまして、今までこういった名誉なことの経験は0でして、孫たちに自慢できるぞって思ったのも事実です。
偉人や奇人じゃない、ただのオジンやと言ってますが、まさしくちゃんじいですね。

もちろんの事、僕はジャズギタリストの偉人なんて思ってないし、伝説といわれてもまだまだ現役ですし、少しづつでも進歩したく思っています。
せっかくこうして持ち上げられた機会に、”な〜んや、こんな程度のギター弾きなんか”なんて思われないように、この事を背負って頑張ろうと思います。

興味のある方は書店にあると思いますのでチェックしてみて下さい。
このJazz guitar Book は3ヶ月に一度出版されています。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4401632222/tobopornottob-22/

最後に僕のために貴重な時間を割いて、この上ないコメントを頂きました寺井豊さん、石田長生さん、岩見和彦さん、ありがとうございました!!


'08年 3月18日

テニスクラブが・・・。

21年間続いた僕の所属していた千里丘テニスクラブが昨日で終わってしまいました。
僕は出来た時からおりましたが、レベルも高く、たくさんのいい仲間たちで本当に楽しく、多くの想い出もあり、非常に残念な思いです。

今後はそれぞれ個々の事情もあり、あちこちのクラブに行くことになるのですが、殆どの方とはお別れしなくてはならないようです。
もちろん次に行くクラブに何人かの方とは一緒には行きます。

3週間前に右足の肉離れでテニスが出来なかったので、3月に入って気候もよく、テニス日和が続いているのに、お別れテニスが出来なくて、非常にくやしい思いをしました。

次に行くクラブは以前よりも車で12、3分多くかかるし、設備もあまり良くなくて、なんとなく気が重いです。

でも5月には大事な試合があるので頑張るぞ!


'08年 2月28日

若手ジャズミュージシャン

先週、3日間、日野皓正(tp) さんとのセッションがあって、2日目は1st セットは僕達だけのギグで、2nd セットは日野さんと関西の若手のミュージシャン達とのセッションということになってました。
彼らの多くは西山さんのG.S.B(Grandson Band=孫バンド)というバンドのメンバーです。
下は9歳の大我(ds)くんから18歳の早川(as)くん、財(b)くん、後は20歳過ぎたばかりの横尾(tp)くん、武藤(as)くん、山本(b)くん、奥村(p)さん、そのあと松元(b)、鈴木(gt)、須藤(gt)、宮上(b)くんと福光(p)さん。それと今回の日野さんのバンドに抜擢されたドラムの樋口広大くんはこの日は若手バンドに加わりました。

日野さんの曲を2曲やってたのですが、1年前に聴いたのとは全然違っていて、みんなすごい成長していたのにはびっくりしました。

大我くんも1年前よりも随分安定していました。あの歳であのリズム感はびっくりです。将来はほんとに楽しみですね。
みんなそれぞれプレイにエネルギーがあり驚きました。
なかでも一番びっくりしたのは、早川惟雅くん。エネルギーは勿論のこと、何よりもあのタイム感はどうして身につけたのでしょうか。
僕らの世代、いやもっと若い世代のプレイヤー、しかもアルトサックスであのタイム感でプレイするひとは関西、いや日本人では聴いた覚えはありません。まだ18歳の若さであんなプレイができるなんて、彼はすごいです。久しぶりに感動しました。
5月からN.Y.に行くそうですが、すごく期待してます。

関西からこれらの若手の素晴らしいミュージシャンが育って来ている事はうれしいことです。
西山さんの彼らを暖かく指導されているお陰だと思います。


'07年 11月20日

大阪オープン奮戦記

正しくは、第7回 大阪オープンベテランテニス選手権大会 ギンナンカップという大会の70歳以上の部に出場して、何と優勝していまいました。
この大会には以前、第3、4回に65歳以上の部、昨年の第6回に70歳以上の部に出場しました。
昨年は決勝戦で負けて準優勝でした。

さて、今年のドロー(組み合わせ)は16ドロー(実際は12人)で争われ、僕は第4シードで1回戦は不戦勝、14日の2回戦は遠く横浜から来られて、初戦勝ち上がってこられた方でしたが、僕はこの試合の前に不覚にも風邪を引いてしまい、仕事もあったりで、10日間もラケットを握ってない状態で、いきなりの試合でしたので、かなりの不安とスタミナに自信がなかったのですが、6−0、6−1と言う楽な展開で勝つ事が出来ました。
翌15日の準決勝は相手の第2シードの方が棄権されて、ラッキーなことに自動的に決勝に上がれることになりました。ただその方とは3年前の試合で1セットオールでファイナルセット5−2でリードの時、急な足の痙攣でその後何も出来ずに5−7で負けてしまったことがあり、内心は雪辱に燃えてたのですが・・・。

16日の決勝戦の相手は名古屋から来られた第1シードの方に勝ち、昨年の優勝者にも勝って来られた方でした。

第1セットは4−2とリードしながらも追いつかれて危なかったんですが、何とか7−5で取りました。
この相手の方は僕の一番いやなタイプで、ボールは遅いのですが、足が早くて何でも返球してくる、すごく粘り強いタイプの方です。

第2セットでは、ずるずるとポイントを取られ、1−4になった時に、このセットを頑張っても、もし取られるとファイナルセットがもたなくなるので、そのあとは捨てて、1−6で取られました。

ファイナルセットはリードしながらもまた追いつかれて4−4からはシーソーゲームになり、5−4でマッチポイントまでいったのに、6−6タイブレークまでもつれました。

タイブレークでは6−3リードのマッチポイントでしたがまた2つとられて6−5になり、最後の僕のボレーがネットイン、相手の方はアウトとコールしたんですが、審判のセーフで勝ちを握るという、ほんとに薄氷を踏むような勝ち方でした。
審判がいないセルフジャッジだったらまたもつれたでしょうね。

やはり準優勝と優勝では月とスッポンほど差がありますよね。
ほんと今回は練習不足ながらよく頑張ったと思います。
ファイナル4−3の時はまた足が痙攣しだして、もう駄目と思ったんですが、考えてみれば、まだ僕のリードゲームなんやと気が付き、気力を奮い立たせました。
試合が終わったときはほんとに疲れてました。だって9時に始まった試合が終わった時は12時でしたので、3時間もやってたんですよ。
もうテニスはしたくないと思ったほど疲れてました。(でも翌日起きたらもうテニスウェアーに着替えてましたが・・・笑)

ほんと、僕のクラブの数人の方の応援がなかったら負けてたかも知れませんが、お陰で勝つ事が出来ました。
昨年1月の和歌山オープンの優勝以来の久しぶりの優勝でしたが、ひとえにコーチや日頃僕を相手にして下さってる方々のお陰です。
そのご恩に報いるためにも来年はもっとランクアップできるよう頑張ります。

皆さん、ありがとう!!



'07年 11月14日

中国珍道中

10月29日から3日間、中国は広州で仕事があると聞いて、アメリカ以外の外国は行ったことがないので、OKしました。
珍道中って題名ですが、少々長いですが、まあ聞いて下さい。

メンバーはvocal、conga,piano & keyboad、と僕の4人。ジャズ関係はT岡君のみ。僕とT君は関空から、他のお二人は成田からということで、広州空港(正式には違う名前)で落ち合うことになってました。

関空からの出発が14:50、到着が17:20で、帰りの現地出発が9:20、関空到着が
13:50という表示。行きが2時間30分、帰りが4時間30分、なんでこんなに差があるんやと二人で???
そのわけは現地に着いて解りました。それは実際の行程は3時間30分で到着時間は現地時間の表示でした。そう、時差だったんですね。だから帰りも時差の関係で4時間30分になってたんですね。(これぐらいの事でこんなに掛かったら後が大変や)

さて空港での待ち合わせが大変!!
その待ち合わせが成田からの便が早く着くと聞いてたんですが、出口でのお迎えがいなくて、二人で右往左往。二人の携帯電話は圏外で連絡出来ず、30分ぐらい不安と焦燥で・・・。T君が公衆電話で東京組にかけにいったけど、小銭がない事に気づき、両替に。その両替屋(銀行の出張窓口)さんとは日本語はもちろん、英語も通じない。えええ??って!! それだけで20分ぐらい経過。
何とか両替も済み、待ち合わせ場所に・・・居たッ!! ほっ!。

そこではじめて分かったのですが、行く先は広州市ではなくて、その空港から出迎えの車で1時間ばかり走ったところの増城市。この行程がまた大変びっくり。
もう夜になってて、高速道路でも一般道でも対向車のビームが上向き! もちろんこちらの車も上向き。もう眩しくて!! 道路は広くて3車線ぐらいありますが、トラックが殆ど、そのトラックのテールランプが10cm四方のが2つ、ナンバープレートにはライトがなし、しかも目いっぱいの積み荷で走るのが遅いから、まるで幽霊船のようで、あっというまに近づいてきて怖〜いなんの。その横にテールランプの点いていないバイクや時々リヤカー自転車。日本みたいに街灯はまったくなし。標識や信号機も殆どなく、その暗いところを時々人が横断する。もういつ事故が起きても不思議でない状態。そんな中を僕らの乗った車がホーンを鳴らしっぱなしで猛スピード!! あそこで運転は僕は絶対に出来ません! ほんとに長い1時間でした。
あれで事故が起きてないのは、多分みんながあの状態を予測しているのでしょうね。われわれ日本人には考えられないことでした。
ホテルに着くと、その辺りにはバイクのタクシーがたむろしていました。
まあいきなりのカルチャーショックでした。

さて翌日がまた大変。
コンサート会場は公園内の野外音楽堂みたいなテントばりの大ステージ。
客席は7、8千人ぐらい。PAもスピーカーがたくさんで、照明はコンピューター制御の最新のもの。
出演者は中国や香港の有名シンガーやグループ。それが10数組。その人達は全部自分たちのカラオケで。生バンドは僕達だけ。それが大問題。
2時のリハの時間に会場に行くと、用意するように申し込んでいたピアノとキーボード、そしてギターアンプが届いてない。ただピアノは近所のピアノ屋さんが本番前に運んでくれるとのこと。でもキーボードとギターアンプは来ないらしい。ただ笑ってるしかない状態で我々相談の結果、そのピアノ屋さんにアコースティックギターがあったとのことで、それをマイクで拾ってもらおうということでそのピアノやさんに行くと、あった! 値段は200元。約3千円。買ってもいいなということで触れてみたら、おもちゃのような、まるで使い物にはならない代物。その時T君がアンプがあった!!って。みれば30cm四方ぐらいの銘柄は分からなく、多分中国製のよう。試してみたらおもちゃみたいやけど、ないよりましかなって。それをお借りしてステージに。2mぐらいのコードしかついてないので、PAさんに延長コードを身振り手振りで頼むと、ほんとに信じられないことに、延長コードはないのだって。それで仕方なくアンプはステージ脇、僕のシールドコード5mでなんとかステージにたてました。
本番は8時。その1時間前ぐらいになると、どこからか大勢の人たちが集まってきて、超満員状態。
そのいざ本番でPAさん、やってくれました。イントロが僕のリズムソロから。イントロでた瞬間、PAさんがアンプをいじったのか、思いっきりディストーションのかかったコードが!! ああもう駄目!! やめるわけにもいかず、アンプはステージサイドで離れてるし、もうどうしょうもない状態。もう今思い出してもゾーっとするし、あーもう思い出したくないわ。広東TVで放送もしてるっていうのに!!

おかしかったのは、フィナレーで10人位の政府の要人がステージに一緒に上がって来た時、舞台監督がステージの前から写真を撮ってました。

まだまだ書きたいおもしろい事がいっぱいあったのですが、もうキリがないっていうほどです。
まあよく帰って来れたなって感じです。
そのうち写真もUPする予定ですので見て下さい。

ただ救われたのは、通訳さんが若い美人の優しい方で、本当によくやって頂きました。ありがとう!!

それともう一つ、ほんとに料理が美味しかったことです。
さすが『食は広州にあり』でした。

                     謝々


'07年 9月25日

Patti Austin ライブ

先日、26、7年ぐらい前から好きでよく聴いていたパティ・オースチンのライブが、最近Blue Noteから名前を変えた Billboard Live Osaka であるので聴きに行って来ました。

ただステージのバックのロゴがBlue Note から Billboard Live に変わっただけで、他は全く何も変わっていなかった。

パティを最初に聴いたのは『Live at the Bottom Line』という'78年録音のLPでした。あれからもう30年も経ってるから少なくみても50才ぐらいでしょうか。
バンドはリーダーのピアニスト、ギタリスト、ベーシスト、ドラマーの4人でした。
最初に不思議に思ったのはステージにウッドベースがあり、ドラムセットもジャズのドラマーが使うコンパクトなセットなんです。
パティといえばいわゆるフュージョン系のシンガー。エレベにバカたくさんの(失礼)ドラムセットが普通と思ってたので、意外な感じ。
でもそれは後で分かることなんですが・・・。

まずオープニング曲はSay You Love Me から始まり聴き慣れたフュージョン系の曲が3、4曲。いい気分になって来ました。
それからですが、何とガーシュインの曲のオンパレード。まずはメドレーでしたので、バンドの皆さんが譜面台を2台並べて長尺ものの譜面、われわれは勧進帳と呼んでいますが、長〜い譜面で I Got Rhythm とFascinating Rhythm を交互にアレンジされたもので始まり、思い出せないけどガーシュインの有名曲が数曲。
驚いたことにアレンジが素晴らしく、かなり難しいのをきっちりバックバンドがサポートしていました。このメドレーはドイツでオーケストラとレコーディングしたようなことをいってましたから、そのアレンジをコンボに置き換えてしていたみたいで、あのバックは僕には無理かも。
その後アル・ジョルスンで有名なSwanee 。それから印象深かったのは、Love Waked In この曲、実はあまり好きではなかって、やることもなかったんですが、彼女がバラードで歌ってくれて、それがすごく良くて感動! 好きでなかった3小節目の音が何故か新鮮に聞こえました。

ガーシュインの曲なのでやはり全体的に4ビート。これも予想外にうれしかったです。
とにかく全曲アレンジが素晴らしくて、小編成のバックでもこれだけショーアップできるのかと驚きです。
コンボバンドで歌ってるボーカリストの方々。やはりメモ譜ではショーアップできませんよ(笑)多少なりアレンジしてもらって下さいね。

アンコール曲は The Man I Love でピアニストとデュオ。素晴らしい!

この日のライブを聴いて感じたのは、パティもジャズシンガーなんやと。
もはや大御所がいなくなった今日ですが、パティのような人が出て来てくれることを切に感じました。

ほんとにうれしかったなあ。 


'07年 8月20日

金沢と札幌ライブ

7月29日に富山市で北信越ベテランテニス選手権大会に出ることで、夜は暇なんで長谷川 朗(ts)くん頼んで、その辺のライブハウスでの出演場所を探してもらったところ、金沢市内の『もっきりや』さんという金沢では有名なライブハウスで出演できることが出来ました。
試合の方は残念ながら1回戦3−6、6−2、2−6で敗退。(でもその同じ相手に今日の関西オープン選手権ベテランの部で当たって6−1、6−1でリベンジ!)

そのあとすぐに金沢に行き『もっきりや』でのライブ。マスターは初対面の方でしたが、すごく感じのいい、優しい方で一安心。
メンバーは長谷川 朗(ts)くんとベーシストとドラマーが何と女性で金沢大学の学生さんとの4人。
リハが始まって選曲などでかなり苦労し、ちょっと先行きが不安でした。
しかし本番になったら、そのかわいいドラマーがもの凄いエネルギーのリズムでサポートしてくれて、ちょっとびっくり!! リハでの不安は解消、いい感じでプレイ出来、熱〜いライブになりました。
1stセットが終わるころに、翌日出演するN.Yからのピアノトリオのメンバーが遊びに来て、2ndセットはセッションになりました。そこのドラマーが奇しくも長谷川 朗くんのCDで僕もレコーディングに参加しているのがありますが、その時のドラマーの中村雄二郎くんで、これまたびっくり!!

富山まで車で4時間もかけての試合に負けて、かなり落ち込んでいましたが、この夜はほんとに楽しくセッションができ、若いミュージシャンからエナジーをもらい、マスターからは打ち上げでおいしいお酒や料理を頂き、翌日の試合の予定も負けたのでなくなり、夜遅くまで楽しむことが出来てよかったかな〜と。

次は8月8日から始まる北海道ベテランテニス選手権大会に出場するために札幌に行くので、昨年と同様に札幌在住のシンガー、玉川さんにお願いして、またまた夜のライブを取って頂きました。しかも有難いことに9,10、11日と3日間も取って頂き、感謝感激。
テニスの方は1回戦は勝ったのですが、2回戦で3セット目に昨年と同様、足の痙攣で敢えなくリタイヤー負け。 その分、ライブの方に集中(笑)

ライブは3日間とも昨年もお世話になった、ピアノの福居 良さんのお店の『スローボート』。
初日は玉川健一郎(vo)さんとのデュオ。途中で福居さんも入ってのセッション。
2日目は福居さんのアコーディオンと昨年も一緒だった粟谷 巧(b)くん。
3日目は福居さん、功くん、ドラムが17才の竹村一哲くんというメンバー。

3日間とも非常に楽しく過ごせて、最高でした。
特に3日目は、今回初めて僕のレパートリー中心にさせて頂き、巧くんの成長ぶりにうれしくなり、一哲くんのリハの時の要望を本番では見事にクリアしたセンスあるドラミングに驚き、円熟した福居さんのプレイといい、ほんとに楽しくすすきのの夜を過ごせました。玉ちゃん、ありがとう!!

金沢といい、札幌でも僕の孫ぐらいのミュージシャンとセッションが出来、若いエナジーを頂いて、今後のぼくのエネルギー源とします。
なんかテニスのついでみたいで不謹慎なようですが、決して遊び心でプレイはしていませんので、ご安心下さい。
身体も鍛えないと若い方達とのセッションはできません。

セッティングして頂いた方々、プレイして頂いた方々、お店の方々、皆さん優しく接して下さり、本当に楽しませて頂きまして、ありがとうございました。

また来年も予定してますので、よろしくお願いしますね。


'07年 5月8日

サンディ・ブレアー とロアナ・シーフラ

サンディとは25年ぐらい前に知り合って、2年間ぐらい時々N.Yに帰ってましたが、殆どず〜と毎日一緒にやってました。
彼女はU.Sでは無名のボーカリストでしたが、僕が最初に聴いた時にすごく感動し、かなりの衝撃をうけました。とにかくメロディ作りというか、いわゆるいい節で歌い、バラードは心に響き、テンポのあるのはタイム感が凄く、圧倒的なスピード感、それとルージーな心地よさを感じるのり等とほんとに素晴らしいものを持ってるシンガーです。彼女はサラ・ボーンから影響を受けていたようです。
僕も彼女からは少なからずメロディ作りやタイム感に影響を受けました。

彼女とは8年前に一緒にN.YでレコーディングしてCDにもなってます。
DISCOのページにも紹介しています。

その彼女がゴスペルの仕事で1週間ほど来阪してて、彼女のゴスペルの生徒さん達からのジャズのライブもしてほしいとの要望で、彼女が僕とデュオをしたいとのことで今回実現しました。

5月2日 チルコロというお店でのライブ。2週間ぐらい前に急遽決まったのに、1週間で50人限定の予約が満杯になってしまいました。

リハも一応はやったのですが、殆どやってないような感じで本番。
たしかSummertimeから始まったかな? 後はよく覚えてない。
とにかくバックがギターひとりなんで、楽しいけどかなりきついのもあった。特にNo More Bluesは僕が思っていたキーと違って『C』でやっていて途中で『A』に転調って言われて、普通なら何でもなかったんですが、ちょっとパニクってしまい、ちょっとぼろがでたんでよく覚えてました。最後はGeorgia On My Mindで終わりました。
2セットの計1時間40分ぐらいでしたが、やってても時間も忘れるぐらいで、ほんとに楽しい時間を過ごしました。久しぶりのサンディはやっぱり凄かったです。
お客さんも大満足されたことと思います。
サンディを聴いて思うのですが、サラ、エラ、カーメンといった人たちがいなくなった現在、彼女のようなタイプのボーカリストはアメリカでも残念ながら、ほんとに少なくなったように思います。

また来年も来てほしいなあ、一緒にやりたい。
今回聴けなかった方は、次回あれば是非聴いて頂きたいと思います。

ロアナのこと。
このライブの4日後のコンサート。毎年5月に行われていて僕も毎年出演していますが、今年のゲストボーカルはLorna Cifraさんでした。バックは井上幸祐(b)、東 敏之(ds)という僕のトリオでした。彼女はフィリピン出身のジャズボーカリストで、長年大阪で活動していますが、彼女もほんとに素晴らしいボーカリストで、今回もすごく楽しみにしていました。サンディとは少しタイプが違いますが、やはりリズムがすばらしく、エモーションたっぷりのバラード、パワフルなスウィング感、いや〜彼女も素晴らしく、楽しかったなあ。バックをその気にさせてくれます。
このコンサートは入場無料のチャリティコンサートのため、お客さんは僕に近い年齢の方が殆どで、分かり易いジャズやポップが殆どでしたが、あらゆるジャンルの曲も実に練れた歌を聴かせてくれました。
もちろんお客さんも大満足でした。

1週間の間に素晴らしい二人のボーカリストと一緒にすることが出来て、本当にラッキーでした。奇しくもアンコール曲は二人とも Georgia On My Mind でした。
ああ〜よかったなあ!!


'07年 3月28日

日野皓正さんとの4日間

2月の末から3月にかけて連日4日間、日野さんとのライブがありました。
その事について書いてみました。

日野さんとは10年ぐらい以前に大阪府の府民劇場でのコンサートに数回参加させて頂いてたのですが、昨年9月に久しぶりに福井市でのコンサートに参加しました。
その時の演奏が僕の中では非常に新鮮でホットなギグに感じられ、彼も『このメンバーおもしろいね』と言ってくれたぐらい西山さんはじめ全員が楽しく感じました。

その時のメンバーが,日野さん、主催の西山さん(b)、トミー・キャンベル (ds)、僕のカルテットで、ピアノレスでした。
今回は初日はこの4人のメンバーで、2日目、3日目はこの中にピアノの生田幸子さんが加わり、4日目は1stセットが、カルテットで、2ndセットは日野さんと西山さんの率いる若手ばかりのGSBのセッションでした。

日野さんと一緒にやってて感じたのは、やはりすごいエネルギー! そしてタイムのよさ、アイデア、おしゃべりとどれをとってもやはり日本の超一流のプレイヤーだと感じました。
以前はピアノがバッキングをしていたのでそれほど緊張感はなかったのですが、バッキングをしてみて、あの緊張感の中での一体感は何とも言えない感覚を味わうことが出来ました。
あのエネルギーはほんとにすごく、スポーツででも鍛え上げられた締まった身体からほとばしってくるようです。彼と握手しても分るんですが、僕もテニスしているので握力は弱くはないですが、すごい握力です。これは西山さんもそうです。
あのタイム感はやはり若い頃からの体感というか、サッチモやマイルスらに共通した、これがジャズの歌うタイムや!っていうものを感じさせます。
アイデアのついていえば、今回、何曲かはリハーサルをしましたが、ステージに上がるまでは1曲目ぐらいしか決まっていなくて、その場の雰囲気でいきなりパッと出られたり、リハのしていないスタンダードを打ち合わせはもちろん、曲名も知らされなくて出られるから、こちらとしてはかなりの緊張が走りますが、でもそれがすごくグッドタイミングであったりして効果的な演出に感じました。そういう頭の回転がすごく速くて、機敏であったりで長い経験もあるのでしょうが、それだけではないもがありますよね。

初日は前述のようにピアノレスで難しくもあったりしたのですが、楽しく一体感が得られました。

2日目は生田さんが加わってのライブで、彼女はふだんは可愛く、優しい人ですが、ピアノの前に座ると女性を感じさせないスピード感あるタイムの持ち主で、関西の誇るってピアニストです。この日彼女にこういうジャズは毎日やりたいなあと言いました。

3日目は僕にとってはこの日が一番リラックスできた日でした。というのは3日目でやっと慣れて来たのもあったんですが、そのお店はすごく音の響きがよく、全員の音がバランスもよく、気持ちいいライブでした。

最終日の4日目は、僕は1stセットだけでしたが、このお店は有名なライブハウスなんですが、なんと音響が最悪で全員の音が前にでなくて、自分の音もいい音に聴こえなくて、気分最悪で、前日が良すぎたせいか、もうげんなり。終わりが良くなかったので、一気に疲れが出てしまいました。
そんな日もあるのに日野さんのパワーはやはりすごいなと思いました。

トミーはガレスピーやロリンスのバンドを経験したすごいドラマーですが、やはり素晴らしいサポートを見せてくれました。
西山さんは相変わらず、ご存知のようにエネルギーあふれるトミーと一体のパワフルなビートで、彼自身楽しんでいたようです。

そんなこんなで僕にとってはすごくいい経験できた4日間でした。
それにしてもああいったジャズを毎日のように続けている日野さんにはほんと頭が下がります。
生田さんに毎日やりたいなんて言いましたが、このエネルギーの放出ではいいとこ3日ぐらいしか持たないかな?
また9月には連日ではないですが5日間のコンサートなどが決まってますが、また鍛えて頑張るつもりですので、応援よろしくお願いします。


'06年 11月25日

4ギターアンサンブル

11月15日に西山 満さん主催のWorld Jazz Caravan の今月の催しとして、僕がリーダーの4ギターアンサンブルがヴィアーレ大阪のヴィアーレホールで行われました。
お客さまのお褒めの言葉を頂いたり、意外なほどの反響がありまして、ここに書いてみる気になった次第です。

20数年前にも4ギターアンサンブルなるものをやっていましたが、西山さんの要望で、今回、久々に演奏しました。

4ギターアンサンブルとは4人のギタリストがアレンジされた曲をそれぞれのパートを受け持つという、いわばフルバンドのサックスやブラスセクションのアンサンブルをギターでするということです。ギター1本で出来得る和音も、4人で一つずつの音を出すと、以外にダイナミックスのあるサウンドになって、驚かれる事と思います。

メンバーは大野浩司、野口 亮(この二人は僕の教えてるヤマハ音楽院大阪の出身)
須藤雅彦と僕の4人です。そしてベースは宮上啓人、ドラムスに弦巻 潔にサポートしてもらいました。
僕以外は全員30才未満の若手を起用したのですが、テクニック、センス、リズム感もしっかりした若者達です。

曲は以前使っていたアレンジそのままの曲も1曲ありましたが、それ以外は殆ど手直ししたり、新たにアレンジしたものを取り上げました。

まず最初の曲は、以前のままのアレンジの『Fascinating Rhythm』(G.Gershwin)で始まり、2曲目が『Bluessette』(T.Thielemans)、これは殆ど新しく書き直しました。
3曲目は『In Your Own Sweet Way』(D.Brubeck)で、ウエス・モンゴメリーの演奏をもとに、彼のソロプレイにハーモニーを付けると言う、新しくアレンジしたものでした。つぎは『Django』(J.Lewis)で、これも新しくアレンジし直したものでしました。最後に『Shiny Stockings』(F.Foster)をこれもすこし付け足したものをしました。他にアンコール曲として『Walkin'』(R.Carpenter)を取り上げました。

僕としては、かなり不安な状態で当日迎えましたが、事前にリハーサルをした時より、会場の音響効果のせいか、はるかにいいサウンドをして安心しました。
みんなそれぞれが頑張ってくれて、予想以上のいい出来で、よかったです。
ただ僕は他に気を遣っていたので、うまく集中出来ずに、反省しています。

お客さんの反響も凄く大きくて、来て頂いた多くのお客さんから『よかった!』と 言って頂いたり、西山さんにも感動したと言われ、ホッとしたのと同時に非常にうれしく思いました。
また機会があれば、曲も増やし、このメンバーでやったり、若手ばかりの4、5人でのメンバーで聴いてみたいとも思っています。
その節には、是非とも皆様の応援をよろしくお願いします。


'06年 11月8日

初体験

9月の初旬に珍しく体調をくずし、懇意にして頂いてるお医者さんに診て頂きました。
大腸が少し痛みがあったので、まず大腸のレントゲンを撮ってもらいました。
これは6年前にも検査してもらった時に経験はありました。
結果はこの時点では痛みもなくなってましたので、異常が見つからなくて、安堵はしたのですが、今度はエコーを撮ってもらいました。これは初めての体験でした。
これも異常が見つからず、CTを撮ってもらいました。これも初めての経験でした。

僕も歳が歳ですし、一度エコーやCTで検査してもらいたく思ってましたので、丁度いい機会なのでやってもらいました。
このCTでも異常が見つからず、親切な先生は内視鏡検査をしましょうということで、して頂いたのですが、これが大腸内をきれいにするために、前夜から食事を抜いて、お薬の水を2リットルも飲むのですが、かなり飲みずらくて、1リットルぐらいしか飲めなくて、当日に浣腸されることになって、かなり参りましたが、本番の内視鏡検査もかなりの苦痛でした。もちろんこれも初めての経験でした。
この時もほとんど異常は認められなかったのですが、レントゲンやCTの時も分っていましたが、憩室というのがあったんです。これはポリープと違い、小さなへこみみたいなものなんです。ポリープも5ミリぐらいのものが一つあったのですが、少し取って検査してもらいましたが、全然心配の要らないものでした。

それで検査の結果を聞く日の前日に、またお腹に痛みが出て、またその日にCTを撮ってもらって、炎症止めの薬を飲んだら2、3日で痛みは引いたのですが、その時点ではまだ原因が分からず、最終的に憩室が炎症を起こした憩室炎と診断されました。
これまで2ヶ月かかりました。

でも先生のお陰で人間ドックに入った以上に検査して頂き、大した病気でもなく、心配していた大腸がんなどもなく、安心しました。

元気だといってもやはりそういった年齢になってますので、今回の体験でほとんど心配することなく、ほんとうによかったです。

S先生、ありがとうございました。  


'06年 9月11日

U.S OPEN TENNIS での感動

今日、2週間にわたってニューヨークのフラッシングメドウで行われていた、テニスの4大大会の一つ、全米オープンが終了しましたが、その中での僕にとっての感動シーンを紹介したいと思います。

この大会を最後に引退される選手に、アンドレア・アガシ選手、もうシングルは引退してましたが、ダブルスに出場していたナブラチロワ選手、そして日本の浅越選手らが惜しまれながらも引退しました。

アガシ選手は21年前に出て来たときから、僕が最も好きな選手です。
最初に出て来たときは、当時のテニスのスタイルでは考えられない、長髪、ロングパンツ(それもデニム地の)、シャツも外に出したスタイルでテニス界を一変しました。
しかも出て来て以来、4大大会でも何度も優勝するトップの選手で、世界中のテニスファンが彼の応援をしていたと思います。
彼は今年で引退すると発表して、この大会が最後となりました。
惜しくも3回戦で破れて終わったんですが、もう殆ど試合が決まってしまっていた4セット目の試合が終わる寸前にはアガシの背中が嗚咽で少し震えていたようです。
試合が終わった瞬間にはもう泣いてました。僕の目ももう滲んでました。

殆どの人は引退という事実に向かい合わなければならないようで、その瞬間には、やはり万感迫るものがあるのでしょうか。
幸か不幸か、僕には引退と言うものがないようです。身体が動く限り、音楽をしてないと食べて行けませんのでね。もちろん引退などしたくありませんが・・・。

もう一つ凄く感動したことがありました。
女子のシングルの決勝戦の式典で突然、僕の一番好きなボーカリスト、あのグラディス・ナイトがゴスペルクワイアーをバックに "God Bless America"を歌いました。
26、7年ぐらい前に"GLADYS KNIGHT & THE PIPS" が来日、そのコンサートに行き、大興奮したことが思い出されました。
最近あまり見かけなかったんで、びっくり!! 大感動でした。

男子の決勝戦の前にも、”ボーイズツーメン”が出て来て歌ったのにもびっくりしました。もう何年か前に、ボクシングのヘビー級の世界戦の前にも、リンク上での彼らがアメリカ国歌を歌った時も大感動したことがありましたが、今回はくしくも9月11日、NYでは前日でしたが、あの忌まわしいツインタワーが爆破されて5年目にあたる日でしたので、彼らのコーラスはもちろん素晴らしかったのですが、反面あのことが思い出されて、また別の涙が出て来ました。

7年前に "BRIDGES" のレコーディングでNYに行ったのもこの時期で、当然のように僕もフラッシングメドウに足を運んで全米オープンを見て来ました。
その時には勿論ツインタワーも聳えてました。
以前は試合のTV中継を見ていて、ときどきフラッシングメドウからマンハッタンの遠景を映してましたが、あれからはマンハッタンの風景の左端の2本の建物がないので、非常に寂しいです。

あのときに犠牲になられた方々に、つつしんでご冥福をお祈りします。


'06年 8月22日

北海道顛末記

この夏、3年振りに8月8日から6日間、札幌に行って来ました。
そもそも、どうして今夏に行くことになったかと言いますと、毎年8月に行われている北海道ベテランテニス選手権大会に今年は出てみようかと思っていた矢先に、今年の春頃に頻繁に会社のお仕事で大阪に来られていた札幌のボーカルの玉川さんて方が、僕が札幌に来るようだったら一緒にライブの仕事をしませんかということで行く決心をしました。

テニスのついでにライブとは確かにちょっと不謹慎なように思われますが、僕にとってはテニスは出来るわ、ギターは弾けるわと一石二鳥と飛びついた次第です。

まず初日、8日の着いた日は、なんと大好きなバリー・ハリスの2006 グラミー ジャズ栄誉賞受賞記念のバリー・ハリス・トリオのコンサートがホテルのホールで行われたましたが、それに玉川さんに招待されて、大感激。
もう10年ぐらい前と思いますが、富士通テン・ジャズコンサートでショーティ・ロジャースグループ、バリー・ハリス・トリオ+ジョニー・グリフィン(t.sax), ビリー・ハーパー(t.sax)、最後にメル・トーメとそのオーケストラのコンサートに西山 満(b)さんと一緒に行ったんですが、まずショーティ・ロジャースを聴いた後に、出て来たのがバリー・ハリス・トリオ! その最初に出た音の何と素晴らしいタイミングの美しい音に大感動! 悪いけど、それまでのショーティ・ロジャースのバンドは何だったのかと思わせる内容で、僕はメル・トーメが好きでしたが、バリーの感動を失いたくなかったので、二人して最後のメル・トーメは聴かずに帰って来たことがあるほどです。

久しぶりに聴いたバリーさんのトリオ。やはり期待どうりサウンドで素晴らしかった!
今回はアール・メイ(b)さん、リロイ・ウィリアムス(ds)さんとのトリオでした。

二日目、9日はバリー・ハリス・トリオを招聘された札幌在住のピアニストの福居 良さんの経営なさってる「スローボート」という素敵なライブハウスで玉川(vo)さん、泉(g)さん、栗谷(b)さんとの僕達のライブでした。演奏後もセッションになって、楽しかったのですが、深夜遅かったので翌朝のテニスの試合が気になって・・・。

さて3日目、10日は札幌からは少し離れた北海道立野幌運動公園でのテニス大会、本来は9日に1回戦が予定されてましたが、対戦相手の棄権で2回戦からでした。相手は神戸から来ておられた方で、6−1、2−6、4−0の時に強い足の痙攣のために、本当に残念無念ながらリタイアしてしまいました。あっけなく北海道遠征テニスは終わってしまいました。かなり悔しかったです。

傷心でおちこんでいましたが、その夜の「Slow Boat] 。バリーさんは仕事のため、東京に帰りましたが、福居さんのトリオでベースがアール・メイさん、ドラムスがリロイ・ウィリアムスさんでしたので、1st セットは聴いて、2nd セットを一緒にさせてもらう幸運に恵まれて、4人で1時間ぐらいやりましたが、それはもう熱い熱いセッションになりました。もう本当に気持ちがよくて、昼間の落ち込みとは対照的に幸せな気分でした。

4日目の11日は予定では準決勝でしたが、もちろんそれもなく、昼間がひまでしたが、親切な方が羊ヶ丘と大倉山ジャンプ競技場に連れて行ってくれました。ジャンプ場ではびっくりしたことがありました。皆さんは、あのジャンプのアプローチの傾斜とランディングのP点K点の傾斜はどちらが急傾斜だと思いますか? 多分、だれもが思ってるように、ランディングあたりはかなり傾斜が緩やかだと思ってました。ところがアプローチの傾斜角は35度で、K点付近は37度と一番急な斜面でした。その付近からずっと下方がなだらかになってました。夏期の練習は人工芝がはってあって、滑り降りるところには水を流してありました。幸運なことに、3人の選手が練習をしていて、その中にあの舟木選手もいて、興奮しました。ここは、この季節は観光ルートになっていて、スタート地点のまだ上にまでリフトで上がれるようになっていました。ただ下りのリフトは高所恐怖症の方には、とてもきつそうですよ。今回のいいおみやげができました。

その夜は「グルービー」というちっちゃなライブハウスに玉川さんとベースの田中さんとのライブでした。いい感じのベーシストでした。テニス仲間も8人も応援に駆けつけてくれて、盛り上がりました。その後、「Slow Boat]でアールさん、リロイさんのさよならパーティーに参加しました。

5日目の12日も暇でしたが、また別の親切な方が近くの中島公園の散歩につき合ってくれました。夕方の公園を、はんなりと過ごしました。

今回、札幌に行って感じたのは、素晴らしいミュージシャンと出会えたのも良かったのですが、もっと感じたのは、出会った人たち皆さんが、本当に親切に接して下さったことが一番心に残りました。大阪に帰って来てしばらく経ちますが、なんかまたすぐに札幌に行きたく思います。

皆様、ありがとうございました。また来年も行きたいです。


'06年 7月17日

やもりの家

あれれ・・ もう4ヶ月もさぼっていたんですね。
ローランギャロ(フレンチオープン)やウインブルドンとそれにワールドカップと忙しく、やっと落ち着いたからやろうとしたら、PCの不調で出来ませんでした。
今日はあいにく(?)の雨で折角の休みなのにテニスが出来ず、やっとこのページに向かう気になった次第です。このページを愛して下さってる方、ごめんなさい m(__)m

昨年、やもりのことを書いたのを覚えていらっしゃるでしょうか?
今年も5月頃からぼちぼち活動を始めましたが、この蒸し暑い季節が好みなのか、あの非常ベルの棲み家から、かなり活発に動き出しました。といっても夜間だけですが・・・。
やはりあの棲み家の中で冬眠するみたいですね。各階2個づつの非常ベルがあるのですが、確認したところ、1、2階の各ベルに住み着いてるようです。以前にも書いたように大きいのと小さいのが、同じところにいたのを見かけた事がありましたので、多分親子なんでしょうね。ネットでやもりを検索でもしたら、もっと彼らのことがよくわかるのかも知れもませんが、ぼくの性格上、そこまではしなくて、ただ、深夜に帰宅して来た時に、挨拶代わりに出て来てくれてるだけだいいんです。
爬虫類だし、何となく気味悪く思っていられる方、機会があればみて上げて下さい。
ウーパールーパーみたいに、かわいい顔をしてますよ。今回、カメラに収めたので、掲載しましたが、なかなか、いいアングルでは撮らせてもらえず、あの可愛さをみて頂けなくて残念です。

話しは別ですが、先日、近所の川でカルガモの親子を見つけました。2、3度見かけたのですが、みる度に子がも達が大きくなってましたが、この頃は見かけないので、飛び去ったのカモね。残念ながらカメラを持ってなくて・・・。来年にはカメラ持参で見に行きます。

ぼくには、徒然草みたいには文も数もほど遠く、なかなか書けなくてすみません。
ご意見などがありましたら、BBSにでもおねがいします。

2階の彼の家
1階の住人(?)
慌てて逃げ込んだところ


'06年 3月14日

若い頃の勉強

2ヶ月もご無沙汰してすみません。なかなかタイトルや文章が思いつかなくて・・・。こういう才能はやはりないようです。

数日前、あるコンサートで司会者から、『若い頃にはどのような練習方法でしたか?』と訊ねられて、少し答えたんですが、当時の事を思い出して書きつくってみたいと思います。

僕がギターを始めたのは19才からです。今の人には遅いなあって思われるでしょうが、当時としては中高生の頃から楽器をする人は稀でした。
就職するつもりで、1年遅れで夜間大学に通っていたのですが、当時は就職難で仕事がなく、今みたいにバイトなどなくて、昼間に暇を持て余していたとき、兄が友人からギターを借りて来て、それを毎日のように弾いてました。ジャズギターの教則本なんか全くなくて、楽譜のコードネームの横にあるコードフォームを見ながらコードを覚えたものです。それ以後も独学です。FEN (進駐軍放送)のジャズ番組をラジオにしがみついて、聴いてました。
当時はちょっと弾ければ仕事にありつけた時代で、かなりひどいバンドでバイトしてましたが、夜間大学も2年目から昼に替えてもらって、夜のバイトにいそしんでました。
その頃の僕の勉強と言えば、仕事の前にジャズ喫茶(LPレコードをかけてくれるところ)でコーヒー一杯で何時間も粘って聴いたもんです。もちろんレコードもプレイヤーも持っていなくて、ただ聴くだけでした。ミュジシャン(当時はバンドマンと呼ばれていた)になって3年ぐらいのとき、京都のある喫茶店でマスターから中古のレコードを2千円で買いました。プレイヤーもないのに・・。当時レコードはまだ日本でプレスはされておらず、全部輸入レコードです。新品のエアーメイルで4、5千円でした。その時は1ヶ月5千円で旅館に住んでいた時代ですので、レコードの値段はとんでもない高さでした。その後LPはズーっと同じような値段ですね。ちなみに卵も昔からズーッと同じ値段みたいですね。
その2年後ぐらいにターンテーブルが20cmぐらいの安物プレイーヤーを買って、針を上げたり下ろしたりしてコピーしたものです。その当時のレコードはそんなので真っ白になっていて、とても聴く事は出来ません。
その後2年ぐらいして、バカ重いオープンリールのテープレコーダーを手に入れました。ギターアンプぐらいの重さで、モノラルでした。まあそれでもそれを駆使してコピーしたものです。
それ以後はステレオのオープンリール、カセットテープレコーダー、CD、MDと便利な時代の流れにそって来ました。
もはや今はもっと便利なi-PodみたいなMP3の時代ですよね。
昔の事を考えると隔世ですね。

そういう意味で、若いミュジシャンは恵まれてますよね。やる気にさえなれば、資料もたくさんあるし、教えてくれる学校、教室などもあるから、我々から較べたら、ほんとに早く上達しますよね。
ただ情報量が多すぎて、選択するのが難しいようですが、こういった情報を上手く利用して、素晴らしいミュジシャンを目指して下さい。


'06年 1月17日

テニス

今回も音楽には関係のない話しで恐縮です。
何故ここでテニスの話し・・・というのは今年いきなり、今まで4回ぐらい出ていた高槻市のシングルの試合と、今回初めて出た和歌山県ベテランテニス選手権大会のシングルの試合でなんと、優勝してしまいました。
ということで、鼻高々! こんな事は滅多にない事ですので、この機会を逃すまいと、書きつくる次第です。
自慢の賞状、賞品を見て下さい。

まあ優勝したと言っても、もちろん若いばりばりの人達の中でなし得た事ではありません。いろいろなカテゴリーがあって、高槻市のは65才以上のシングルで、たった8人のドローでした。でもその中には全日本ベテラン大会の75才以上ダブルスの昨年のチャンピオンの方もいらっしゃったんですよ。決勝戦の相手は同じクラブの方で、スコアは6−2でした。くわしくは高槻市テニス連盟のウエブサイトの壮年4の部に結果の他、僕の写真もありますので、よかったら見て下さい。

一方、和歌山県ベテランテニスの方は、高槻の、まあ賞品を頂いて・・・といった普通のその辺の試合と違って、ベテランJOPといって、日本テニス協会によるオフィシャル・ポイントが得られ、そのポイントの獲得数で各カテゴリー(35才から5才刻みで75才以上まで)のランキングが決まり、その上位者が日本ベテラン選手権大会で争われます。いわば公式戦なんです。そういう事でこちらの方はかなりレベルが高く、かなり遠方からも参加されています。僕のカテゴリーでは地元和歌山の方はただ一人で、神奈川県、愛知県からも参加されていました。各カテゴリーは二日間にわたって行われます。ゲームは8ゲームズプロセットで(普通は6ゲーム)、8−8タイブレイク方式で争われます。
僕の初戦は1回戦が不戦勝で2回戦の相手は名古屋の方で8−3、準決勝の相手は、地元和歌山の方で8−3、翌日の決勝も名古屋の方で9−8(タイブレイク7−3)
初日はスコアだけみると楽勝のようですが、二人ともすごくよく走る人で、70でもそんなに走るのかよって思うほど、どんなボールにでもあきらめずに走られたんで、こういうところに出てくる人は、みんなこんなに持久走が出来るのかと、反省させられました。僕も速さはまだましなんですが、スタミナがないので・・・。

さて僕もテニスを始めて26年になりました。シングルに出だしたのはまだ5年ほどです。ダブルスの試合ではそこそこ尼崎市の65才以上で一昨年、昨年と2連覇したり、吹田市の準優勝など、あるにはあるのですが、今回は僕のテニス歴の中では快挙でした。
どうして、こういった大きな大会に出るようになったといいますと、僕の所属しているテニスクラブにもうず〜っと全日本のチャンピオンの方がおられて、クラブ全体が盛り上がって、僕もおだてられて出るようになりました。でもシングルはダブルスとは全然違うスポーツのように感じられて、難しく、最近になってやっと慣れてきました。今回の勝利も僕がやったと言えばそうなんですが、この事は何人かの人が僕を指導して下さったり、支えて下さったことでなし得た事で、感謝の気持ちでいっぱいです。Aコーチ、T先生、イケメンTさん、Kちゃん、皆さんありがとう。

和歌山の大会はまだ来週まで終わらないので、ウエブサイトに結果が掲載されるのはまだ先になりますが、和歌山県テニス協会で検索したら出て来ますので、お暇な方は見て下さい。
つぎの大きな大会は、5月の毎日オープン(大阪毎日)と8月の関西テニス選手権のベテランの試合に出るつもりです。それと多分、8月の北海道ベテランテニスにも出るつもりです。何とか3回戦ぐらいには進みたいと思ってます。またいい報告が出来たらいいですね。応援よろしくお願いします。


'06年 1月1日

古稀

今日、この日に僕は古稀を迎えました。そう、僕の70才の誕生日なのです。
元日生まれの僕は、子供の頃、親戚の人から、お前は正月から母親を寝かせて、生まれつきの親不孝もんや なんてよく言われたものです。だからオメデタイ男じゃないんです。

本来、古稀のお祝いは、数え年で70才の時にするそうで、昨年にはする筈なんですが、昨今では満年齢が通常になってるみたいで、今日迎えたことになります。
僕自身、古稀については、あまり何のこだわりもなく、ただ言葉として知っているだけで、どういう風にお祝いするのか何も知りません。まあ乾杯の一言ですむ事と思っていました。

ところが昨年の暮れに、僕が毎週木曜日にレギュラーで行かせて頂いてるお店、Jack Rose というお店の忘年会で、僕の知らない間に進んでいたと思われる演出で、突然、3日早い誕生日と古稀を祝って下さり、多くのお客様や友達の祝福や多大の贈り物や寄せ書きを頂き、びっくりしたのと、その演出にすごく感動しました。このことを演出して頂いた方々に、本当にお礼申し上げます。ありがとうございました。

このことは僕への激励ととらえまして、これからも期待にそえるよう頑張ろうと思います。

ミュジシャンは死ぬまで勉強と思ってます。ただ若い時のようには、身も心もなかなか思うようにはできないので、ゆっくりですが気持ちだけは前向きに頑張りたく思っています。
身体の方は、今のところは健康で、当分大丈夫みたいです。(ホッ)

テニスの方も今年から、僕の試合のカテゴリーが70〜74才に入ったんで、ちょっと欲を出して、試合数を増やして、少しでも上を目指して頑張るつもりです。いい結果のお知らせが出来たらいいのですが・・・。でもなかなか大変みたいで、簡単には行きません。

まあ、やはり長生きしてれば、いい事に出会えますよね。
好きな音楽やテニスが出来たり、ようやくPCにも慣れて来て、こんな便利なものに出会ったりと、今やGood Lifeのこの頃です。
ただやりすぎて、若い人たちに迷惑をかけたり、嫌われないように気をつけま〜す。
キャイン キャイ〜ン と言わないように・・・。

ウ〜 ワンわ〜ン!!


'05年 12月16日

Christmas Season

もう12月も半ばを過ぎてしまいましたが、僕は1年中でこの時期が一番好きです。
どうしてかと言いますと、この時期にしか聴けないメロディ、クリスマスソングやキャロルが大好きなんです。
12月になるとMDにおとしたクリスマスアルバムをカーオーディオに入れて楽しんでいます。特にお気に入りはDoris Day のChristmas Albumです。もちろん、ドリス・デイは以前にも書いたと思いますが、僕の青春のアイドルですから、気に入ってるのはあたりまえの事ですが、このアルバム全体のアレンジが素晴らしく、豪華な楽器編成で、しかも贅沢に使っていて、素敵なクリスマスの雰囲気を醸し出しています。このアルバムの中で毎年最初に聴く度にホロッとセンチなムードにさせてくれる曲が2曲あります。その曲は"Christmas Present" と"Have Yourself A Merry Little Christmas" です。もちろん、その他にもいい曲がありますよ。"I'll Be Home For Christmas" "The Christmas Song" "White Christmas" などなど。
ドリス以外では変わったところで、これも大好きなシンガーの一人のGladys Knightが歌ってる"Silent Night" これも感動もんです!

そんなことで、この季節は好きなんですが、今年は寒さが厳しくていやになりそうですが、クリスマスソングを聴きながら、LEDで美しく飾られたイルミネーションを見てたら、他の季節にはない、いい雰囲気を味わえますね。

以前は演奏でも、好きでよく取り上げていたのですが、最近はそういったお仕事も少なくて、ちょっと寂しいですね。
もう10日あまりで、この素敵な雰囲気の時期が、また1年間待たないと来ないのが淋しいです。短い期間なのがいいのかも知れません。季節はずれにクリスマスソングを聴いてもね・・・。あと少し、ひとりで楽しみます・・・といっても年賀状や更新のことでそんな場合やなさそう。あ〜あっ。


'05年 11月23日

イヌ派? ネコ派?

ちょっと今日は音には関係ないことを、そこはかとなく書きつくりましょう。

よくイヌ派?ネコ派?って訊かれますよね。
僕は? 実は両方なんです。というよりか動物が好きなんですよ。
20才ぐらいまでは実家にいたんですが、幼少のころからずっとイヌやネコと一緒に暮らしていましたので、どちらもとても好きです。
10年ぐらい前までは19年もいたネコと一緒でした。その後はその彼女があまりにも素敵なネコで、家族に愛されていたので、なぜかそのコのために次の動物を飼うことができなくて、現在はおりません。
でも時々近所のイヌやネコと友達になったりしています。
僕が行ってるテニスクラブで雀と友達にもなってます。一時は多すぎて他人に迷惑がかけるようなので、すこし遠ざけていますが、観察していると、彼らも結構あたまがいいのが分かります。

ところで何故この話題をとりあげたのか、このあとのことを書きたかったのです。
それはヤモリの事なんです。
僕は動物が好きと言ってますが、本当の事を言って、爬虫類までは好きやとはとは思っていませんでした。でも彼らを嫌がっている人のようには嫌じゃないです。
そのヤモリのことですが、2、3年前に気付いたんですが、僕の住んでるマンションの1階と2階(僕のところは2階です)の非常ベルの中に住んでいるのです。
今は寒がりなのか、冬眠するのか分かりませんが、あまり出て来ません。でも昨夜は頭だけ少し出していたので冬眠ではないようです。4月頃から10月頃まで活動するようです。夜になると非常ベルから出て来て、壁にへばりついてます。何か昆虫でも食べているのかなあ。
僕が帰宅するのはだいたい深夜なので、ちょっと遠出なんかしてます。近寄ると逃げてしまいますが、すごく可愛い顔をしています。3階から上には見に行った事がないのでわかりませんが、あまり深夜によその階に行くのも憚られるので・・・。
時々大きいのと小さいのがいるので、親子なんかなあと思ったりしています。
春になるまで会えないのはちょっと寂しい気がします。
機会があれば写真で紹介したく思ってます。

 


'05年 10月15日

東京方面初ライブ顛末記

2ヵ月もご無沙汰して申し訳ありません。
先日、8日が横浜、9日が東京と二日間、初めて東京方面のライブハウスに出演してきました。今まではレコーディングや歌ばんのコンサートには何度かありますが、ライブハウスは初めてでした。
Live.Infoでも記されているように、Tommy Campbell's "Organ eyes" のバンドに参加してやってきました。
トミーのドラムスと河合代介さんのハモンドオルガンと僕のトリオに横浜ではボーカルのグリニス・マーチン、東京はフリューゲルホルンとボーカルのTokuさんでの4人のグループでした。

8日の横浜のMotion Blue はベイエリアの有名な赤レンガ倉庫の中にあって、キャパが
150人という大きな素敵なお店でした。すぐ横が海岸でロケーションもよく、デートスポットのようでした。
ちょうどその日は横浜ジャズプロムナードの日で駅前や赤レンガ倉庫の別棟でバンド演奏がされているのを見かけました。少し聴きたかったのですが、リハがあったので残念ながら聴けませんでした。
今回の"Organ Eyes"バンドの曲目はメンバーが代わっても殆ど同じ曲でした。
ボーカルのグリニス・マーチンは音源をもらって聴いたときは声がかなり高くて、てっきり女性シンガーだとばかり思っていたら、男性でした。グリニスって男の名前だったんですね。
曲は全曲アレンジされていて、僕がふだんやってるようなスタンダードは殆どなくて、ずっと譜面にかじりついた状態での演奏で、かなりの緊張感でした。まず1曲目にバカっ早いチェロキーから始まったのには参りました。言い訳がましいですが、0.10ぐらいでペラペラの弦ならまだしも、太くてテンションの強い弦であの早さは僕には出来ませんでした。知っている曲では、サンタナの哀愁のヨーロッパなんか弾かされました。20年以上も使ってなかったOver Drive (OD-1)を引っ張りだして来て、かなり恥ずかしかったですね。
まあ救いはトミーが僕のヒューチュアーでソロでAutumn in New York, そしてトリオで Willow Weep For Me をまかせてくれたことです。そして150のキャパが満席状態で、しかも皆さん一生懸命に聴いて、沢山の声援を下さったことは嬉しかったですね。
その夜、終わって、近くでニューオルリーンズの災害のカンパの為のセッションが、ピアノの山本 剛さんらが来てやってるからって誘われたんですが、代介さんに東京まで送ってもらうことになってましたので、行けませんでした。

二日目のBody & Soul は南青山のおしゃれなところにありました。その日はグリニスに代わって、フリューゲルホルンとボーカルのTokuさんでした。
お店のキャパは4、50人といったところですが、音響もよくて、やはり素敵なお店でした。そこも超満員で前席のテーブルにからだを触れんばかりに演奏してました。
お客様もやはり素晴らしく、楽しくやることができました。二回目のセットでは、ルー・ソロフ(tp)が来て一緒にやってくれました。
でも一番驚いたのと嬉しかったのは、関西出身の旧友が応援に駆けつけて来てくれたことです。ベースの高水健司君夫妻、ギターの石田長生君、ギターの古川昌義君、ボーカルの大野えりさんと旦那さんのパントマイムの北 京一さんらが来てくれました。
皆さんは大忙しのスーパーミュージシャンばかりなのに、わざわざ時間を割いて僕の為に来て下さったことに、非常に感謝しています。東京初ライブで多少ナーバス気味でしたのが、彼らのお陰で勇気百倍で演奏することが出来ました。皆さんありがとう!!
僕も彼らが大阪に来たときは、行ける限り行こうと思ってます。

また両店のお店の心温かい皆さん、ありがとう。
特にBody & Soul の京子ママさんには本当に親切にお世話頂きました。ありがとうございました。

失礼ながら今までは何となく、東京の方は冷たいんかなって思ってましたが、間違ってました。やはり一流なんでしょうね。
お客様、お店の方、ミュージシャン方の温かい心に触れたことが、今回の一番の収穫だったように思います。
まだまだ頑張って腕を磨いて、また行ってみたい気がします。


'05年 8月8日

好きな作曲家

モノローグの1月の映画の時にお約束しましたように、僕の好きな作曲家のことを書いてみたいと思います。

もちろん好きな作曲家は数多くいます。僕がいう作曲家は2つに分けて考えたいのですが、1つはミュージカルや映画のために作られたり、また当時のポップスとして作られた曲の作者のことと、もう1つは主として楽器演奏のための作曲家に分けられます。前者はGeorge GershwinやCole Porter などの作曲家で、後者はDukeEllingtonやBenny Golson, Thelonious Monk といったもちろん演奏者でもあって多くの曲を書いた人達です。その中で今日書いてみたいのは、前者の方の作曲家です。
GershwinやPorter以外にもRichard Rodgers, Irvin Berlin などはほんとに沢山の名曲を残しています。作曲した当時はミュージカルなどのために書かれたのですが、その後、多くのジャズミュージシャンが色んな形でとりあげて、名演奏が残されております。もちろん今後も演奏され続けられることでしょう。
それらの作曲家の中でも特に好きな作曲家を紹介します。
ここに来て下さる方はご存知の方も多くいらっしゃると思いますが、ああこの曲もかと納得されると思います。
その人の名は Jimmy Van Heusen ジミー・バン・ヒューゼンです。

僕の手元の資料から彼の曲を紹介しましょう。
フランク・シナトラの名唱で有名な "All The Way"・・・と書いたのですが気がついてみればシナトラが歌っている曲がかなり多いのです。"Call Me Irresponsible " "The Second Time Around" "Swinging On A Star " "Deep In A Dream " "Here's That Rainy Day " "Imagination " "Nancy " " It's Always You" "Polka Dots And Moonbeams" マイルスの演奏でも有名な "It Could Happen To You " "I Thought About You" そしてアルバムのタイトルにもなっている "When No One Cares" 等たくさんありますね。シナトラも彼の曲がかなり好みだったみたいですね。
その他、僕もよく演奏する "Like Someone In Love" "But Beautiful" "Darn That Dream" もちろん前記の "It Could Happen・・・" "I Thought About ・・・" "Here's That ・・・” "Polka Dots ・・・" もよく演奏します。
あまり知られておりませんが、"All This And Heaven To" や前記の "Swinging on ・・
・" はこれらの最初のメロディをプレイヤーがアドリブ時によく挿入するのを聴いて、馴染みがあるメロディと思いますが、その先を知っている方は少ないと思います。
僕の資料ではこの他これもシナトラで聴いたことのある "High Hope" Tender Trap"
があります。それと忘れていました。以前はよくやってたんですが、秋になればよく耳にするきれいな曲 "Moonlight Becomes You " もありました。

如何ですか? かなりご存知の曲があったでしょう。それも何れも素晴らしいメロディと思いませんか? 

ガーシュインやコール・ポーターやアービング・バーリンについては、伝記映画やその他で生涯などについては多少知っているのですが、このジミー・バン・ヒューゼンに関しては何も知ってません。大好きなので知りたいとは思ってますが、コール・ポーターのこともあり(1月に記述)、別にそんな事は知らなくてもいいのかも知れませんが、彼もあのような魅力のある曲をたくさん書くのですから、ロマンチシストには間違いないと思います。その彼の曲を好きな僕もひょっとして・・・・。


'05年 7月7日

ジョン・スタッブルフィールド氏(ts) を悼む

昨日、西山さんから、ジョンが亡くなったとの訃報を頂いた。
昨年から病気で入院していたとは聞いていたのですが、突然のことで驚かされました。

ジョンは '00年に西山さんが主宰する第9回関西国際ジャズフェスティバル(於 服部緑地野外音楽堂)に、ビリー・ハート(ds) 率いる THE UNIVERSAL LANGUAGE 2000 のメンバーで来て、素晴らしいプレイを聴かせてくれました。そのとき僕達も同じステージで演奏してましたが、彼がじっと聴いてくれていたのが印象的です。その後、西山さんが彼を呼んでくれて、2度ばかり来日し、昨年亡くなられたジョージ川口さんとのコンサート等、数多くのコンサートやライブで一緒に出来る機会に恵まれ、楽しませてくれたり、また色々学んだ事もありました。残された記念の写真は、このHPのPHOTOのページにも掲載しております。

彼はアーカンソー州リトルロック出身で、シカゴでブルースバンドにいたり、マイルスのレコーディングにも参加したそうで、かなり色んな事を勉強して、色んなスタイルにも順応し、ビッグバンドの編曲にも長けて、ミンガス・ビッグバンドのアレンジもしていたようで、ほんとに多才な素晴らしいプレイヤーでした。

ただ、彼はかなり太っていたので皆で心配していました。

彼の人柄の良さや、優しさが想い偲ばれます。
もう彼と一緒にプレイ出来なくなった事は、非常に残念なことです。
まして僕よりずっと若いのに早くに他界するなんて・・・

遠くからご冥福をお祈りします。 合掌


'05年 6月16日

トミー・キャンベル氏(ds)
エディ・ヘンダーソン氏(tp)

先週は火曜日から土曜日まで5日間がトミーさんとのギグ、日曜日がエディさんとのギグで、僕にとっては最高の一週間でした。

今回のトミーさんとのセッションでは、彼の曲、Don't you know me by now? というMinor Bluesを毎夜やった以外は全曲、異なった曲を演奏しました。曲を決めるのは西山さんですが、今までのトミーとのセッションでは殆ど同じ曲をしてましたので、今回はトミーも僕も新鮮な感じでした。
西山さんの考えはいつも同じ曲でも中身さえ良ければ・・・ということで僕ももちろん異議はないのですが、あまりやり慣れていない曲を直前に言われてするってことは、どんなイメージで演奏するとか考えたり、スリルがあったりで、ほんとに新鮮な感じの5日間でした。

トミーは色んなタイプのジャズが出来るドラマーですが、やはりストレートアヘッドなジャズが好きなようです。僕らと本当に楽しくやってくれます。
とにかくすごいエネルギーのあるリズムです。トミーだけに限らず、何人かのすごいドラマーと一緒にした経験がありますが、皆、やはり強烈なエネルギーが感じられました。それで僕たちも同じように強烈なエネルギーでもってそれに答えないと、ふっとばされてしまいます。そのあたりが我々日本人のミュージシャンにとって、すごく勉強になりますし、全員のエネルギーが一丸になった時のその感覚が、ほんとにジャズをやったという充実感にひたれます。

エディさんとのセッションも超満員のなかで、素晴らしい時間でした。
現存する数少ないB-Bopのホーンプレイヤーの一人として代表される方だと思います。
一緒にやると彼から影響をうけたり、インスパイアーされて、自然にいつもと違うような雰囲気の演奏に導いてくれます。うまく行った時はやはり充実感があります。

西山さんのお陰で、こうした凄いミュージシャンと一緒に出来ることは、ほんとにハッピーな一週間でした。西っしゃん、ありがとう!

7月8日にもトミーさんと一緒なんで、皆さんよろしくね。


'05年 5月2日

オテロ・モリノー氏

僕のLive Info.のページでも紹介しており、ご存知の方も居られる事と思いますが,スチール・ドラムという楽器の名手です。
その彼が5年振りに西山さんに招かれて2週間ばかり滞在して、僕も4度一緒に出来る機会がありました。
スチール・ドラムという楽器ですが、これはトリニダードトバコ特有の楽器で,ドラム缶を切って、上部をへこまし、そこに音程のあるマスが多数作られてるのですが、ピアノの鍵盤のような配置にはなってなく、多分バンドネオンやボタン式のアコーディオンみたいに並んでるようです。
彼はその楽器の数少ないジャズのトッププレイヤーです。
驚かされるのは彼のテクニックは勿論のこと、もの凄いリズム感には圧倒されます。中南米特有のラテンのリズム感といいますか、もの凄いタイトでスピード感が感じられるリズムなんです。それでいてメロディがラテンの人特有の前後に浮遊するというか、タイムが前の方に行ったり,後ろからと自由奔放に、アメリカ人のミュージシャンには見られない歌い方をして、スリルを味わさせてくれます。この感覚は多分一緒に演奏しないと分からないと思います。バックの僕らもそのリズム感と一体にならないと彼の音楽にはなりません。全員が一体になって固まった時には、彼が間をとる時に飛び上がってプレイしますが、そういうときは彼がすごくのってるというか、エナジーを爆発させ、エキサイトしてる瞬間です。今回4回一緒にさせてもらったんですが、そのうち2回は特に一体になったようです。僕も彼によってインスパイアーされて、内容はどうであれ、いつもとは異なる感覚でプレイできて、爽快感がありました。

先日、TVでトリニダードトバコのフェスティバルの模様を放映してましたが、スチール・ドラムばかりのバンドのコンテストがありました。バンドと言ってももの凄い数で少ないバンドでも30〜40人、多いので80人ぐらいのバンドで、7、8歳の子供達から女性を含めた大人まで、それぞれがすごいリズム感でスピード感溢れるラテン系の音楽を演奏してましたが、本当に素晴らしいレベルの高い演奏を聴いてびっくりし、興奮しました。機会があれば、是非ともそのフェスティバルがある期間にトリニダードトバコに行ってみたいです。
オテロは現在はマイアミに住んでますが、そのトリニダードトバコでもやはり神様扱いだそうです。

また来年も来るそうなんで、僕もまた楽しみです。今回聴きのがされた方は是非、次は聴いて下さい。


'05年 3月29日

贈る言葉

先日、僕の行ってるY音楽院の生徒達が巣立っていき、その生徒達の最後のコンサートに行ってきました。彼らの2年間頑張って培った各楽器や歌唱の技量や、作詞、作編曲などの成果を発表する場です。毎年、彼らの成長に感心したり、その音楽や技術に感動したり、また多少は不安も感じたりしますが、楽しみにしているコンサートです。
応援に駆けつけてくれた何人かの以前の卒業生にも出会え、頑張って演奏活動している近況を聞くのも楽しみの一つです
僕が直接関係のある卒業生は、もちろんギター科の生徒で今年は6人でした。
その中で一人、卒業テストを休んだ生徒がいて(僕の課題曲の難しさにも原因があったかも・・・)、そのまま辞めてしまったかとばかり思っていたのですが、ステージに彼を見つけた時はびっくりもし、ちょっと感動しました。ああした挫折のあとにも気持ちを入れ替えて、頑張ってコンサートに参加するということは、大した事だと思います。

その6人でも、一人ひとり音楽の方向は違っていて、ジャズ指向であったり、ロック指向であったりで色々です。
ギター科はこの音楽院の色々ある中のポピュラー科の中に属していて、ジャズ専門ではないのですが、教養課程みたいなもので、ジャズも教えています。
毎年入ってくる生徒の殆どはロック系統ですが、中には急に影響されて、ジャズに目覚める生徒もいて、ちょっとうれしくなります。
今年は幸いにもコンサートの打ち上げにも参加でき、生徒達と意見を交わし合ったり,歓談したりで楽しい時間を過ごせました。
最後に贈る言葉として、僕がつねずね思っている事を話しました。
プレイヤーで進む以上、個性のあるプレイヤーになって欲しいってことです。
ロックにしろ、ジャズにしろどの方向でも、自分の進みたい路を進みながら、好きなプレイヤーを聴いたり、コピーするだけでなく、いろんな人のいい音楽を聴いて,感性を高め、技術を磨き、自分の心の中にある音楽を楽器を通じて表現出来うるミュージシャンになってもらいたいと・・・。世界をめざして・・・。

音楽を教えるってことは大変ですが、このように生徒に話す事で自らに反省と、気力を奮い立たせられる事があって・・・。ようし!まだまだ頑張るぞ〜って。

でもまた明日になると忘れてしまうのでありま〜す! 

彼らの成功を祈りながら・・・。  


'05年 2 月16日

映画-2-

やはり"RAY"を観て来ました。
ご存知のように、この映画はレイ・チャールスの伝記映画です。
昨年亡くなった偉大なシンガー、レイの成功を収めるまでの心の葛藤を描いた作品です。ジェイミー・フォックスが好演と言うか、本人とそっくりでびっくりです。そっくりというのは、ピアノを弾く時の仕草などですが、かなりピアノを練習したみたいですね。
こういったミュージシャンを描いた映画の主役を演じる人は大変な苦労なんでしょうね。その為に相当な期間、楽器の練習しないと出来ないですよね。
音を出さなくても、その格好をするだけでも大変な時間がかかると思います。
ビックス・バイダーベックを演じたカーク・ダグラス、エディ・デューティンを演じたタイロン・パワー、グレン・ミラーを演じたジェームス・スチュアート、ベニー・グッドマンを演じたスティーブ・アレン等々、僕たちが見てもそんなに違和感が無く、自然にやってのけるのは、やはりハリウッドのスターなんでしょうね。その辺、どこかの国の映画とはちょっと違うようです

レイ・チャールスは僕も大好きなシンガーでしたので、ふんだんに出てくる曲に楽しくて、堪能してきました。映画に出てくるミュージシャンの名前も、ジャズにゆかりのある人たちの名前が出て来て、うれしかったです。
ここ数年、毎年クリスマスにはレイ・チャールスが大阪のあるホテルでディナー・ショウがあって、彼のバンドのミュージシャンがアフターアワーのセッションにきてたのですが、一昨年には来なかったんで、心配してたんですが、多分、レイ・チャールスの体調が良くなかったんで、ショウが中止になったんでしょうね。やはり昨年6月に残念ながら亡くなってしまいました。ご冥福をお祈りいたします。

10年余り映画館に足を運ばなかったのに、2ヶ月続けて行ったのはやはり、音楽映画からだったんでしょうね。
でも2回ともかなり空席が目立ってて、やはり'50年代の盛況とは隔世の感がありました。
また折りを見て楽しい映画を探して行きたくなりました。

帰宅してTVでグラミー賞の授賞式をやってて、レイ・チャールス with ノラ・ジョーンズが受賞したとろでしたので、感慨もひとしおでした。


'05年 1月16日

映画

先日、何年振りかで映画館に行って来ました。
五線譜のラブレター(De-Lovely) ご存知のように、これはコール・ポーターの伝記映画です。ご年配のお方はご記憶なされてると思いますが、彼の伝記映画は1946年にも”Night and Day"という題名で作られていて、僕も中学生だったと思いますが見に行きました。でももう殆ど覚えていなくて、Night and Dayの作曲シーンぐらいしか記憶にありませんが、今回の映画にも数秒間流され、懐かしく思いました。
ほんとに長年映画館に行ってなくて、コール・ポーターは好きな作曲家の一人ですし,大好きな曲もあるし、ふだん大変にお世話になってますから(笑)行ってきました。

映画の内容などは評論家にお任せ致しまして、彼の曲は次から次へと流れますが、僕はまあまあよく知ってる方なんで、まあ僕なりに楽しんではきました。
この映画の題名にも取り込んでる"It's D'Lovely"から始まり、もう忘れるぐらいに流れてきたんですが、思い出せるのを書いてみたら、もちろんのこと"Night and Day" "In The Still Of The Night" "Anything Goes" "Easy To Love" "I Love You" "Just One Of Those Things" "It's All Right With Me" "My Heart Belong To Daddy" "You're The Top" "You Do Something To Me" "What Is This Thing Called Love" "Love For Sale" "I Love Paris" "I Concentrate On You" それから"Begin The Beguine"は場面がちょっと悲しいシーンだったせいか、何故かマイナーでやってました。なんか違う曲みたいで、ちょっとがっかり。
蛇足ですが"Begin The Beguin"と言えばアーティー・ショー楽団の名演ですよね。高校生の頃、五球スーパー(ラジオです)にかじり付いて聴いてたのが懐かしいです。昨年暮れに、そのアーティー・ショーが亡くなったという記事を見て、なんだか急に聴きたくなりました。僕にとってはその大切なイメージを壊して欲しくなかったんで・・・(ちょっと怒り)。
あとポーターの中でも特に好きな曲が流れてました。"So In Love" これはシーンがちょっとホロッとするところで、やはりジーンと・・・。
それともう一つ大好きな "Every Time We Say Goodbye" これはファンの方には申し訳ないですが、僕としては誰か他のシンガーに歌って欲しかったかなって。別にあのシンガーが嫌いって言う訳じゃないのですが・・・。
それから意外な曲に出会いました。それは "True Love" という曲です。
たしか'60年代と思いますが、"上流社会”という映画の中のラストシーンでビング・クロスビーとグレイス・ケリーがボートの上でビングが歌った感動シーンがあったのですが、その曲がポーターの曲とは知らなくて驚きました。

考えてみるとポーターは、殆どの曲を作詞,作曲を一人でしてるんですよね。
当時の他の有名な作曲家にはペアの作詞家がいましたですよね。
ジョージ・ガーシュインにはお兄さんのアイラがいたり、リチャード・ロジャースにはロレンツ・ハートやオスカー・ハマーシュタインがいたりでコンビになってましたが、ポーターはひとりで、ああいった甘美な曲を書くんですから、思うに相当なロマンチシストのようですね。曲タイトルにもLoveという文字が多いですね。
映画を見るまでは知らなかったんですが、彼はLoveのほうも両刀使いみたいで、ちょっとがっくり。

昔は有名音楽家の伝記映画はたくさんありましたよね。
ジョージ・ガーシュインのラプソディ・イン・ブルー(原題)、グレン・ミラー物語、ベニー・グッドマン物語、ビックス・バイダーベックの"The Man With A Horn"(原題), エディ・デューティンの愛情物語、レッド・ニコルスの五つの銅貨(Five Pennies)、ビリー・ホリデイ物語 等々たくさんありました。
今度は1月末からレイ・チャールスの"RAY"が封切りされるそうです。これも見たいですね。

長々となりましたが、僕の記憶間違いがありましたら、お許し下さい。
また好きな作曲家の曲など採りあげて書いてみたく思ってます。


'05年 1月1日

年頭の戯言

つれづれなるままに ひぐらしPCに向ひて 心にうつりゆく・・・ ものはあるんですが、文書の才能がないもんで、昔ならゴミ箱に丸めてポイッ、みたいなように、delete keyを押す事もあったり、この年にもなると長時間のPCはなかなかつらいもんがあったりで、せっかくここに覗きに来て頂いた方には、申し訳なく思っております。
今年からは心を改めて、そこはかとなく打ちつくろうかと思ってる次第です。

さて近年ずっと思ってる事なんですが、年寄りの戯れ言と聞き流して下さい。

それはこの頃のジャズのことですが、僕にとっては、例えば昨年も催された東京ジャズや、モントレージャズフェスなる盛大なコンサートなどを例にとっても、TV視聴はするんですが、興味のそそられるグループがほんとに少なくなって寂しい思いをしてます。ジャズといっても、この頃のは本来のジャズとは言えないような気がしてて、ああいったコンサートにジャズという名前をつけて欲しくないなんて思ったりしてます。
もうB-BOPはなくなりつつあるんですかね? 絶対そんなことはないよね!
僕はやはり'50, '60年代のジャズが最高と思ってます。僕自身その年代からリアルタイムでやってきて、'70, '80年代も時流につれてその時の音楽に傾倒して学んだり、プレイした頃もあったんですが、'90年代からはやはり'50,'60年代のB-BOPに改めて音楽の躍動感、心地よさ、美しさなど求めるようになりました。
その頃のジャズにはサッチモやエリントンなどから心から気持ちのよくなるリズム、それに伴う歌心、それにいわゆる"間"等々ジャズ本来の良さをきちんと受け継いでますよね。それに対してこの頃のジャズはそれらの良さをないがしろにしてるように感じるのは僕だけですかね? なんかテクニック重視、やたら音楽を難しくする、聴く方もパフォーマンスを見る(?),といった傾向が強く感じられてなりません。
僕も生徒さんたちを持つ身なんですが、やはりパフォーマンスに興味のある人が多いようです。まあ僕は盛んにサッチモを聴く事を薦めているんですが・・・。彼らから歌心、間、タイム感などを学び取って欲しいものです。

僕はこれからもまだまだB-Bopを勉強するつもりです。これは後退ではありません。前進するつもりです。

年寄りの戯れ言と聞き流して下さい。

コ〜ケコッコ〜


'04年 11月30日

11月は何故か、何年ぶりかに会ったり、一緒にプレイしたりしたミュージシャンが多くいました。
10日には安次嶺君(p)とも久しぶりでしたが、小笹君(b)とジャズをするのは10年ぶりぐらいでした。18日は高岡君(p)が遊びに来てくれて2、3曲しましたが1年ぶりぐらい、21日にはタロー岡本さん(ds)や中山良一君(b)と一緒でしたが、タローさんとは6,7年、中山君とは10年ぐらいのご無沙汰でした。25日には三原君(b)とやはり10年ぶりで、相変わらず汗だくでやってました。
28日は大塚善章さんの50年記念コンサートに呼んで頂き、鍋島さん(vib)、北野さん(p)、古谷さん(as)、宮本さん(b)、宗清さん(tb)をはじめ、多数の方々にお会いできて、ほんと同窓会みたいな雰囲気で、皆さんの元気な姿を見て,うれしかったです。
ただもう高齢者なんで、多少は誰もが少しは持病があるみたいで、病院の待合室みたいな会話が飛び交ってましたが、大塚さんのお陰で楽しい一日を過ごさせてもらいました。
一緒に演奏した中村新太郎君(b)とも随分久しぶりで、東京に行ったけどちょっと心配だったんで、元気な顔を見て安心しました。
ついこの間まで若手だった人たちも、みんな頑張ってやってるんやなあって思われるプレイを聴かせてもらいました。

ほんとにこんなに多くのミュージシャンと久しぶりにお会いできた月も珍しいことですが、また何年かして会っても、皆さん元気にプレイし続けておられることを望んでいます。

西山さんや、大塚さんのパワーに負けずに、さ〜て僕ももうちょい頑張りますよ!


'04年 10月25日

最近行ったコンサート

ほんとに久しぶりにコンサートに行って来ました。
10月3日にJoao Gilbertoを聴きに行きました。以前に買ったMUSICA! (O MELHOR
DA MUSICA DE JOAO GILBERTO)なるCDがえらく気に入ってよく聴いていて、昨年は東京だけで残念に思ってたら、今年は大阪に来てくれるというんで、チケット発売当日9時にコンビニでの慣れない購買でやっと手に入れました。
前日の2日の夜にもあって、それに行った友人からのメールで40分待たされて、しかも途中20分も何もしなかったと聞かされたり、昨年の東京での情報も聞いてたので、少しその覚悟で行きました。予想どうり開演時間から40分遅れで始まりました。待たされていたんで彼が歌いだした時は、より以上に感激でした。あの広いフェスティバルホールでたった一人での弾き語りでした。僕自身はかなり魅入られました。
でも当日も予想どうり、7,8曲歌い終えたら、固まったように同じ状態で約20分間じっと拍手を聞きつづけてました。何故か係員の制止で拍手が鳴り終えたら、また始まりました。
確かに彼の音楽にはすごく引き込まれたし、魅了されましたから良かったといえば良かったんでしょうが、前日と全く同じ行動なんで、全部が演出みたいに思われて、何か割り切れないものを感じました。多くの人を引き付けられる大物ミュジシャンは何をしても許されるのでしょうか?
あのホールで、あの高額な料金でしたら、やはり何人かのバックバンドが欲しかった気がします。
理想から言えば4,50人ぐらいのキャパのライブハウスで、あの弾き語りを聴きたかったですね。でもそれだと一人40万円ぐらい要るんでしょうかね(キャイン!)

なんかコンサートの感想ではなくて、ぐちになってしまって申し訳ありません。
でも僕は相変わらずジョアンを愛して聴き続けています。


'04年 10月17日

印象に残ったコンサートの想い出 (3)

'70年と'80年代前半は、どちらかと言えばストレートアヘッドと呼ばれるような4ビートのジャズの不遇な時代だったように思われます。8ビート系のジャズやヒュージョン系の音楽が主流になった時代で、我々もまたそういった音楽に傾倒していた時もありました。だからそういったコンサートにも度々行きました。僕は結構ブラコン系が好きで、サム&デイブやスティービー・ワンダー、ダイアナ・ロス、グラディス・ナイトなど行きましたが、これらは皆、感動しましたが、特に僕はグラディスが大好きで、未だに心に残る印象深い、感動のコンサートでした。ほかにもサンタナやB.B.キングにも行きましたが、この二人にも心を打たれました。
ジャズでは好きなマイルスの実験的なバンドにも行きました。
今はもうありませんが、当時万博跡地で毎年夏にLive Under the Skyというコンサートが開かれていて、毎年楽しみに行ったものです。たくさんのすごいミュージシャンが来ましたが、特に印象深かったのはベニー・グッドマン・オーケストラの御大グッドマンとベースのミルトン・ヒントン! やはりあのグッドマンの心地よくスウィングするタイム感は、クラリネットの人に限らず我々日本人のミュジシャンは学びたいものですね。ミルトン・ヒントンのもの凄いビートにも驚かされましたが、あんなに凄いのは今でも聴いた事がありません。

他にも数え切れないほど行き、感動したのはいっぱいありましたが、もっと聴きたい人たちもいますが、もうライブで聴ける多くの人たちがいなくなってしまったことは、誠に残念です。


'04年 9月21日

印象に残ったコンサートの想い出 (2)

カウント・ベーシーオーケストラの初来日は多分 '63年頃だったと思いますが、それ以前にもArt Blakey And The Jazz Messengersの初来日コンサートにも興奮しました。
何しろ40年も前の事なので年月日が定かでなくて申し訳ないです。モダーンジャズの人気は当時が一番あったように思われます。あのMoanin'やBlues Marchが生で聴けたのですから・・・。モーガン、ショーター、ティモンズ、御大ブレイキー!コンサートも当然大興奮でしたが、全員のおしゃれなユニホームにも憧れたもんです。
当時コンサートも目白押しで、その少し前にはHorace Silver QuintetとChris Connerも一緒に来ていました。このクインテットもおなじみの曲ばかりのコンサートで、特にブルー・ミッチェルが好きでしたので楽しみました。アフターアワーで僕たちのいたクラブにシルバー以外全員きてセッションしてくれたのが、想い出です。
その後は何と言ってもMiles Davis Quintetのコンサート!しかも帯同でJ.J.Johnson
Quartetでそのリズムセクションがなんと前マイルスのケリー、チェンバース、コッブなんですから!それはもう歴史的瞬間としか言えません! ロン・カーターの楽屋にベースのN氏とM氏の3人で押し掛けて行っての面白いエピソードがあるのですが、ここでは控えておきます。
その後、印象的といえばやはりJohn Coltrane。当時の僕としては初期の頃のは好んでよく聴いていたのですが、来日当時のはちょっとついて行けず、ただ生コルトレーンを拝んでいた記憶があります。
Sarah Vaughanのコンサートも想い出深いものがあります。Jimmy Cobb Trioのバックでピアノがヤン・ハマーで、この人は後にジョン・マクラフリン(g),ビリー・コブハム(ds)らとMahavisynu Orchestraという斬新的なグループで活躍した人ですが、その時のトリオの演奏は素晴らしかった印象です。ベースの人の名前は覚えてませんが、その時に初めてコントラバスにアンプをつないでいたのを見ました。もちろんサラも大好きですので、楽しみました。

今回もこの辺でまた記憶を引っ張りだして書きたく思います。 


'04年 8月25日

印象に残ったコンサートの想い出(1)

前回のJ.A.T.Pのコンサートは勿論の事ですが、その他感動させられたコンサートを紹介したいと思います。
ただもう随分以前のことなんで、年月日などは覚えていないので前後したり、メンバーなど全部覚えていなくて間違があるかも知れませんが悪しからず。

プロミュージシャンになって始めてびっくりさせられたのは、カウント・ベーシーオーケストラの初来日のコンサートでした。ベーシーはじめ、フレディ・グリーン(g)、エディ・ジョーンズ(b)、ソニー・ペイン(ds)のすごいリズムセクション!それに各楽器のセクションの素晴らしいアンサンブル! フランク・ウエス(ts,fl)、フランク・フォスター(ts)などのソロプレイには本当に興奮しました。
なかでもソニー・ペインのドラムは100mランナーを思わせるような瞬発力あふれるスリリングなフィルインからのtutti、エンターテイン溢れるソロプレイなど未だに目に焼き付いてます。
もう一つ驚かされたのは、フレディー・グリーンのリズムギターがリズムセクションだけの時は勿論聴こえるのですが、アンサンブルの時、前席では聴こえなかったのですが、最後席で聴こえて来たのには驚かされました。
とにかくあのスウィンギーでダイナミック溢れる演奏には本当に感動しました。

取り敢えず今日はこのぐらいで、暇を見てまた書きます。


'04年 7月30日

始めてのコンサートの想い出
始めてコンサートに行ったのは、J.A.T.P.(Jazz At The Philharmonic )でした。
1953年の3月頃だと思いますが、僕が高校3年の時、父に怒られながら学校を休み、兄に連れて行ってもらいました。確か梅田劇場だったと思いますが....。
当時のスポーツニッポン紙(2枚4ページ)に何故か毎日来日メンバーを一人ずつ紹介されてました。
J.A.T.P.とはご存知でない方のために説明しますと、ノーマン・グランツが主宰、当時の人気のトップミュージシャンを集めてジャムセッションを行う集まりです。
その時のメンバーはA.Sax ベニー・カーターとウィリー・スミス、T.Sax ベン・ウェブスターとフリップ・フィリップス、Trumpet ロイ・エルドリッジとチャーリー・シェバース、Trombone ビル・ハリス、Drums ジーン・クルーパとJ.C.ハード、そしてオスカー・ピーターソン・トリオのオスカー・ピーターソン(p) Bass
レイ・ブラウン、Guitar ハーブ・エリス、Vocal エラ・フィッツジェラルド(当時はレイ・ブラウン夫人)など(他にピアニスト等)そうそうたるメンバーでした。
観客は半数ぐらいは駐留軍兵士で、口笛やかけ声ですごい盛り上がりようでした。あれ以降あんなに盛り上がったコンサートは経験ありません。僕にとってはすごいカルチャーショックでした。
映画「キリマンジャロの雪」でのベニー・カーターや、ライオネル・ハンプトン・オールスターズのあのスター・ダストの名演のウィリー・スミスやロイ・エルドリッジ、ハイトーンのチャーリー・シェバース、ベニー・グッドマン・バンドのスター、ジーン・クルーパ、それにオスカー・ピーターソン・トリオにエラのボーカルなどを目の前で聴くのですからもう興奮のるつぼ!
当時の僕はまだギターに触れたこともなく、あまり興味がなかったんですが、始めてカッタウエイのギターを見て驚いたものです。
曲など聴き覚えはあっても題名など知らない頃でしたので、あまり覚えていないのですが、ピーターソントリオでエラが Tea For Two を歌ってたのはよく覚えてます。最後の曲はやはり Perdido だったように思います。

その頃は自分がミュージシャンになるなんて夢にも思わなかったころです。
あんなに多くのすごいミュージシャンを目前で聴けたことは、今でも幸せに思います。あの人たちの音楽に影響を受けたことは言うまでもありません。

 


'04年 6月25日

今回もまたスポーツに関する話題で申し訳ありません。
この前のテニスの80歳ミックスダブルスの結果をお知らせします。
いきなりの1回戦で19歳のペアのお嬢さんが、足首を捻挫したので、残念ながらすぐに棄権しました。我がSテニスクラブからも10組ばかり出ましたが、今年の結果はかんばしくありませんでした。

さて先日、USオープンゴルフがTV放映されてましたが、M山選手が4位に入りました。このことは素晴らしいことだとおもいます。でも以前も見て気になったことがあって、今回も同じシーンを何度も見てしまいました。それはティーショットを打った後のフェアウェイでの喫煙シーンです。勿論まだプレイ中ですよね。他の外国の選手でそういった人は見たことがありません。テニスに例えれば、コートチェンジの時にベンチで喫煙するのと同じことのように思われます。野球の選手でもベンチですっている人は見たことがありません。
M山選手はもう日本を代表する偉大な選手です。ゴルフはマナーを特に重んじる競技です。日本中、いや世界中の人々が観戦する中では是非ともやめてほしいものです。あの素晴らしい活躍が半減するように思います。ついでですが一緒に競技に参加されていたT中選手。彼が国内でプレイしていた時は、僕はファンでしたが、以前やはり同じシーンを見てから、ファンはやめました。偉大な先輩に注意してもらいたいのですが、その大先輩のO選手もやはり同じ行為をしてますのでね・・・。

またまた、ぶつぶつと年寄りみたいに(すみません。年寄りでした)ぐちってしまいましたが、こんなに思うのは僕だけじゃないですよね。

つぎはスカッとmusicの話をしたく思います。



'04年 5月4日

長らくご無沙汰してました。
ひぐらしPCには向かってたんですが、いろいろ訳ありで出来ませんでした。

素晴らしい考え方のミュージシャンに出会ったこと そこはかとなく...

先日のライブでH君というトランぺッターがきて、セッションになったのですが、
彼が左手でトランペットを操っていたので、左利きかと訊いたら、普通に右利きだけど、それだと指癖でプレイしがちになるので、左だと、思った音だけで歌えるのでとの答えが返ってきました。

それを聞いて若いのに何と素晴らしい考え方をもってるんや! とびっくりし、僕自身反省させられ、考えもさせられました。

普段僕もジャズに対しては、リズムのタイミングだけじゃなく、間と言うかスペースを大切にすることに気持ちをそそいでるんですが、なかなか出来てません。と言うか
それらは意識してするものでは無いと思っているので、難しいことですが、意識のなかでプレイした時は、結果として、やはりいい音楽になるとは思えません。何も考えずにナチュラルにいい音楽をやりたいなあ....

まあギタリストはトランぺッターみたいに右左替えることはできませんが、ある程度の指癖はその人の音楽の特徴でもあるし、それがその人の歌でもあるのですが、パフォーマンスばかりの音楽は、僕自身は好みではありません。
現在の趨勢として、歌の無い、金太郎飴みたいに、どの曲をやっても同じに聞こえるミュージシャンが多い中で、H君のように素晴らしい考え方の持ち主に会えたことを、ほんとに嬉しかったです。

彼はこんなことも言ってました。誰か先輩にもっとコードの勉強をしろと言われたそうで、でも別にしなくてもいいですよねって。大賛成!!
勿論、誰でもってことではなくて、コード楽器の人は勉強するのは当たり前ですが、彼のようにきちんと音楽を勉強し、しかも自分の楽器をコントロール出来る人は、そのコードのサウンドさえ聞こえていれば、その中で音楽に出来るはずです。

今後の彼の成長がたのしみです。機会があれば、また一緒にやりたいなあ。

長くなりましたが、また時々ぶつぶつ言わせてもらいます。

何かご意見、ご感想などがあればメールででもお聞かせ下されば幸いです。


'04 2月5日

アテネオリンピック女子マラソン選考に思う

久しぶりの掲載なのに、音楽には関係のない話ですんませんがちょっとブツブツ言わせてもらいます。
先日も大阪で選考に直接関係のあるレースが行われまして、優勝した坂本さんが昨年の野口さんに次いで有力な候補になられました。
この二人には異論は全くないのですが、さて気になるのは高橋Qチャン尚子さんのことです。
僕が思うには、なぜもっと早く無条件で最初に選ばれなかったかのと。
4年前にはなりますが、あの感動と興奮は忘れられませんよね。Qチャンが引退したのならともかく、まだまだ現役バリバリでしょう。なのに未だ選ばれてないなんて....。
アテネオリンピックでの結果はともかく、Qチャンは世界で唯一ひとりだけのディフェンディングチャンピオンなんやないか〜!!!  ぶつぶつ....


'04 1月7日

 趣味?とは言えないかも知れないけど、僕の趣味は Jazz Vocal
 テニスも趣味の一つなんですが、その事はまた後日にでも....

もちろんJazz Vocal は仕事にむすびつくこともあって、それって趣味ちゃうやろ!って聞こえて来そう。でも僕のなかではふだんの生活の中で趣味なんです。家でもよく聴くし、カーステは殆どJazz Vocal リラックスするには

これが一番!

 中学生のとき兄が買ってきた3枚のSP盤を手回しで巻き上げる、いわゆる,ポータブル蓄音機って言うしろもので何度もなんども聴いてたように思う。

 それらのSP盤とは Doris Day 〜Again(B面 It's Magic), Nat 'King' Cale〜Too Young (B面 That's My Girl), そして Rosemary Clooney 〜Come On A My Houseで特にNat ColeのToo Youngと、Doris DayのAgainも好きでしたが It's Magic が大好きで、以来ずっとドリスのファン!!

 その後も高2のときにJ.A.T.P.(Jazz At The Philharmonic 〜ノーマン・グランツ主宰の当時のすごいメンバーによるセッションバンド)を聴きに行ってElla Fitzgerald にびっくり! 以来もちろんエラのファン!! 当時まだギターを弾いていなくて、Harb Ellis のカッタウェイのギターを初めて見て驚いたことも思い出。(時代やなあ)'53年かなあ

 当時の映画などで の影響で Frank Sinatra のボーカルも好きで、中年以降の彼もいいけど、若くて練れてないときの方が気に入ってる。

 その他たくさんいますが、しいて挙げれば男性では Nat Cale 彼がピアノを弾いてるトリオがいいなあ。
Tony Bennette !! Bill Evans とのDuo そして Ralph Sharon (pf)(この人大好き)がバックしてるのもいいなあ。

 あっ! サッチモ忘れたらあかん!! Louis Armstrong !!! サッチモ師匠は

趣味で聴くと言うより、勉強ででもよく聴くよなあ。また後日特集にすると思う。
ELLA &LOUIS なんて僕のバイブルや!! ジャズの原点やと思ってる。若い人達にはよくこれを聴くように進めてる。

 女性ではエラ、ドリスの他はやっぱり Sarah Vaughan !! この人もよく聴くシンガー。勉強させていただきました。

若い人が好きなせいか(?)比較的若い頃のエラ,サラが好きかなあ。

挙げればきりがないのでこのへんでと言うことにしますが、一般的と言えばそうなんですが、でもやっぱりこのへんはこのへんでこのへんやと思いますが、あくまでも僕の趣味ということでごかんべんを....

一発目から長くなりましたがこのへんで あやしゅうこそもぐるほしけれ

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